「大豆田とわ子の三人の元夫」レビュー 時空を超えて繋がること

「あの、過去とか未来とか現在とか、そういうのって、どっかの誰かが勝手に決めたことだと思うんです。時間って別に過ぎてゆくものじゃなくて、場所っていうか、その……別のところにあるもんだと思うんです。人間は現在だけを生きてるんじゃない。5歳、10歳、20歳、30、40、そのときそのときを人は懸命に生きてて。それは別に過ぎ去ってしまったものなんかじゃなくて。だから、あなたが笑ってる彼女を見たことがあるなら、彼女は今も笑ってるし。5歳のあなたと5歳の彼女は、今も手をつないでいて。今からだって、いつだって気持ちを伝えることができる」(第7話)

小鳥遊大史(オダギリジョー)がかごめちゃん(市川実日子)の死について、とわ子(松たか子)に時間論を語るセリフだ。時間は過去から未来に向かう直線的なものではない。死んでしまったかごめちゃんとも5歳の時に手を繋いだかごめちゃんとも、いつでも繋がることはできると彼は言う。

そう、このドラマは時空を超えて、いろんなことが繋がっていく。かごめちゃんの死については何も語られない。どういうふうに死んでしまったのか、それは全く描かれない。突然の彼女の死の事実だけが告げられる。そして時間が経過し、かごめちゃんが描いた漫画は賞を受賞し、そのトロフィ-だけがとわ子の寝室に飾られている。とわ子が何度もそのトロフィーを眺めながら、かごめちゃんの存在を感じる。

かごめちゃんの突然の不在は、最終回で回想されるのかと思いきや、彼女の死をめぐる回想は全く描かれず、代わりに母つき子の恋人が現れる。出されなかった母の手紙が段ボールから見つかるのだ。「まーさん」との暮らしを願いつつ、母は父と結婚し、とわ子を産んだ。それは、母の望んだ生活だったのか。とわ子の娘の唄とともに、まーさんに会いに行くと、その恋人は男性ではなく、女性だった(風吹ジュン)。視聴者の安易な予想を裏切り続ける坂元裕二の脚本は、母の女性の恋人を出現させることで、とわ子にとってのかごめちゃんを出現させた。かごめちゃんが時空を超えて、とわ子の前にまーさんとして現れたのだ。このまーさんのセリフがまたいいのだ。自分の存在に不安を感じたとわ子にまーさんは恋人の母つき子のことを語る。

「家族を愛していたのも事実。自由になれたらって思っていたのも事実。矛盾してる。でも誰だって、心に穴を持って生まれてきてさ、それ埋めるためにジタバタして生きてんだもん。愛を守りたい。恋に溺れたい。一人の中にいくつもあって、どれもうそじゃない。どれもつき子」(最終回)

誰もが「心に穴」を持って生きている。その「心の穴」は「カルテット」でもドーナツ・ホールのドーナツの比喩で使われていた。誰もがうまくいかない何かを抱えている。それでもジタバタしながら、矛盾に満ちた存在ながら何とか生きている。

時空を超えて繋がるのは、カレーライスだったり、外れる網戸だったり、コロッケだったり、詐欺師の男だったり、とわ子の部屋に隠れている男を3人の元夫が探したり、いろいろな形で、人を変え、時空を変えて同じようなモノ・コトが繰り返される。そんな繋がりこそが、このドラマの面白さであり、人生の面白さでもある。

それから、坂元裕二脚本の見事なところは、見せないこと、描かないことにある。かごめちゃんの死は描かれなかったし、とわ子が仕事相手の社長と消えた夜は全く出てこなかった。娘の唄の身勝手な彼氏、西園寺君も登場させなかったし、小鳥遊大史(オダギリジョー)が世話になった社長も出てこなかった。多くのことを描かないことで視聴者に想像させている。描かれるのは、次第に仲良くなっていく3人の元夫たちばかりだ。彼らのチャーミングさと彼らに愛され続けているとわ子の魅力が、このドラマを見ることを幸福な気分にさせてくれた。最終回の三人のボーリングのピンごっこのなんと微笑ましいことよ。

コロナ禍でギスギスした気分を送る日々の中で、本当に幸せな気分にさせてくれたこのドラマのスタッフ、キャストに拍手を送りたい。もちろん、伊藤沙莉のテンポの良い絶品のナレーションと音楽の素晴らしさも忘れてはならない。

【追記】
描かれなかったという意味では、八作(松田龍平)のかごめちゃん(市川実日子)への恋もまた、ハッキリとは描かれなかった。彼がどのようにかごめちゃんを好きになったのか、このドラマは不器用なかごめちゃんを好きな八作ととわ子の三角関係の物語とも言える。だから、とわ子と八作の夫婦関係はうまくいかなかった。だけど、死んでしまった不在のかごめちゃんとともに、とわ子と八作は三人で生きていくことを決める。三人は元夫たちの三人の物語でもあり、元夫のそれぞれの彼女の三人でもあり、八作ととわ子と唄の親子の三人、オダギリジョーと八作ととわ子の三人、まーさんととわ子と唄の三人でもある。二人はうまくいかないけれど、三人ならバランスがとれる。そんなドラマでもあった。


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ヒデヨシ(Yasuo Kunisada 国貞泰生)
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