「愛しのアイリーン」壮絶なむきだしの魂
吉田恵輔監督は『純喫茶磯辺』や『さんかく』などユーモアセンスあふれる佳作を撮ってきた監督だけに、このフィリピーナの話も軽いタッチの作品かと思いきや、あに図らんや、ものすごい壮絶な物語だった。原作は新井英樹の漫画で、『宮本君から君へ』など映画化もされた不条理でハードな漫画が多いようだ。吉田監督は、本作以降『BLUEブルー』や『空白』など、けっこう重い人生の映画を撮る監督になっている。この映画が転機となったのかもしれない。
安田顕の圧倒的な存在感がこの映画を支えている。42歳の不器用な独身男、岩男。コミュニケーションに不器用な男は、恋に破れ、絶望の中でフィリピンで嫁を金で買ってくる。フィリピンでのお見合いシーンはなんとも現実の厳しさを突きつける。貧しい村で娘を金で売る家族、フィリピーナのアイリーンは岩男に心も身体もなかなか開かない。故郷に帰ってきたら、父(品川徹)の葬式をやっており、フィリピン帰りの南国の黄色いシャツの岩男とアイリーンのピンクの服が喪服姿の人々の中で浮いている。母親役の木野花の演技も圧巻だ。縛り付ける強い愛情、アイリーンを嫌悪し、日本人の妻を岩男とくっつけようとまでする。もう一人、強烈な存在感を示しているのは、河井青葉。岩男と同じパチンコ店で働くバツイチの子持ち女、愛子(河井青葉)は、岩男の憧れの存在だったのに実はニンフォマニアだったという設定。彼女の哀しき性的存在と、母親の強烈な呪縛がこの映画をどんどん意外な方向へと展開させる。ヤクザ者の伊勢谷友介もいい芝居をしている。そして最後にアイリーン役を演じたナッツ・シトイは、美人というわけでもなく、どこにでもいそうなフィリピン女性を好演している。オーディションで選んだそうだが、吉田恵輔の演出力の確かさが隅々まで行き渡っている映画だ。
繕いきれない剥き出しの魂とでも言うべき赤裸々なそれぞれの身体と思いがぶつかり合う。愛と性。日本の田舎の農村を舞台に、かつて姥捨てという習慣があった貧しき時代を経て、今はフィリピンから金で嫁を連れてきて、愛と憎悪がぶつかり合う。その果てに、フィリピーナは義理の母を背負って、雪の中を死を求めて歩くシーンは壮絶だ。ズシリと心に響く佳作に仕上がっている。