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演劇「ワレワレのモロモロ2024 札幌東京編」構成・演出・脚色:岩井秀人~人生のドキュメンタリー演劇~

札幌に今年の5月新しくできた劇場「ジョブキタ北八劇場」にて観賞。岩井秀人氏は「ハイバイ」という劇団を主催している日本で注目の演劇人であり、岩井秀人氏自らの家族の物語を演劇化した『て』という舞台は2013年に札幌でも公演しており観た記憶がある。認知症であった祖母の死をキッカケにバラバラであった家族が集まる2日ぐらいの物語で、視点を変えて2回演じられるところなど印象的な舞台だった。また岩井秀人氏は、メジャーで活躍する役者たちと初見で本読みをする「いきなり本読み」というシリーズ企画も人気であり、企画力のある才能豊かな人物である。そんな彼がシリーズ化しているのが、「ワレモロ~ワレワレのモロモロ」で、「参加者が自分の身に起こった出来事を書き、それをそのまま演劇化して本人を中心に演じる企画」なのだ。これまで様々な地方で展開されてきた企画だという。私は今回初めて知って、初めて観た。まさに人生のドキュメンタリー演劇だと思った。自分の人生を演劇化して、自らその物語を演じているのだ。この物語は、「この人自身が経験したことなんだ」と思いながら観劇するのは、不思議な体験だった。その人の人生を覗き見しているようななまなましさ。ドキュメンタリーとは、映像で実際に起きた出来事をカメラで取材して番組化していくものだが、自分の人生を演劇という舞台で自ら演じるという試みは、画期的なアイディアだと思った。

「ワレワレのモロモロ2024 札幌東京編」公式HP

ジョブキタ北八劇場にて約3週間の滞在制作後、東京・下北沢、演劇の聖地〈ザ・スズナリ〉で8月14日~18日で公演する予定だ。
エピソードは4本。本人も含めた5人の役者たちが、それぞれのエピソードを演じる。

<納谷真大(札幌)『恵比寿発札幌、仕方なき弁』>は、札幌の北八劇場の芸術監督の納谷真大による恵比寿ガーデンプレイスにての失敗談だ。これは軽く笑える誰にでもあるような失敗だ。だが相当に悲惨な失敗である。誰の人生でも、「そいつはヒデー!!涙笑」とうようなエピソードの一つや二つはあるだろう。それを自らの恥ずかしさを晒しつつ、舞台でその「ヒデー話」を演じるのだ。
今回の舞台で注目すべきなのは、後半の3つの物語だ。

<滝沢めぐみ(東京)『クローゼットのほとけさま』>というエピソードは、滝沢めぐみが宗教3世と言われる女性本人であり、生まれながら家庭が新興宗教に加入して、祖母、母、そして私(滝沢めぐみ)へと、当たり前のように家庭にあった宗教、そして引き継がれてきたその宗教の教えに、自分がどう向き合い、違和感を感じ、距離を置くようになったのかを、小さい頃からの自分の人生に照らして描いていく。思春期になって友達に「キモチ悪い」と言われ、「宗教に入っていることを隠さなくちゃいけないんだ」と学んだり、恋人から「お札」を家の中に貼ることを拒否されたりしながら、自分はなぜこの宗教を信仰しているのかを考えていく話だ。本当にリアルでなまなましい。本人は現在、役者をやって、宗教と距離をとるようになったのだが、その彼女の人生を他の4人の役者たちが、母や教会の信者や恋人役などを演じていくのだ。

次の<足立信彦(東京)『僕の夢、社長からハト』>は、九州の田舎から役者を目指して上京した足立信彦が、いかがわしい芸能事務所に騙され、多額の金を支払いながら舞台に立っていたその悲惨な人生を演劇化している。悪徳な芸能事務所というのは、本当にあるんだなと実感したエピソード。「君は才能がある」と芸能事務所の社長に言われた一言にしがみつきながら、必死に役者を目指していた若者とそんな若者の夢を貪っていた芸能事務所の社長。最後は野垂れ死にしたという噂を聞きながら、その社長にドラマの役をもらった自分のことを伝えたいという彼の思いが複雑だ。

そして最後のエピソードが<南雲大輔(札幌)『アメリカで起業したら大変だった件』>だ。この南雲大輔は、現在プロの役者ではなく、自分のエピソードを「ワレワレのモロモロ」のワークショップで語ったことから、この舞台が実現したものだ。だから役者としては一番の素人だ。だが、声を張り上げて自分を思いを伝えるその姿には、上手い下手を超えたなまなましさがある。アメリカで起業して成功し、ハワイやアジアに支店を出すほど成功するも、あることをキッカケに事業が傾き、信頼していた部下はいなくなり、アル中、鬱症状となり、自殺寸前までいった男の波瀾万丈な人生の物語だ。そして彼には長い間結婚を約束した女性がいて、結局彼はその女性と結婚しなかった。「11年間、あなたと過ごした時間を返して」と彼に迫る婚約者の女性の哀しさ、無念さは、なんとも言いようがない。リアルな人生そのものがそのまま演じられているのだ。南雲大輔は、札幌の会社に就職するも3ヶ月で辞めてしまい、この演劇に出会うことになった。死のうとまで考えていた男が、自らの人生を物語として客観化し、今までの価値観とは違う人生の価値観があることを知るのだ。そんな彼の人生そのものを観客は舞台で立ち会うのだ。そのなまなましさは、人生のドキュメンタリー演劇そのものだろう。演じることは違う誰かになることだが、自分で自分を演じるこの「ワレモロ」は、ちょっと引いた目線で自分を客観化しながら自らを演じるのだ。岩井秀人氏が、自らの家族のことや自分のひきこもり体験などを演劇化したことで救われたように、自分の人生を物語にし、演劇化するには、そういう作用はあるはずだ。宗教3世の滝沢めぐみさんも、死ぬことまで考えた南雲大輔さんも、この<ワレモロ>という演劇と出会うことによって、自分を客観化し、ある価値観の呪縛から抜け出すことができたのだと思う。そんなある人の人生の変化を舞台でリアルに目の当たりにするとは思わなかった。衝撃的な演劇だった。

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