輪廻転生の王宮

生暖かい シャムの国
石の 建造物
王宮の 建物の中に
一人の 若い王子がいた
彼は 中ぐらいの背丈で
華奢な体躯をしており
少し色素のついた
白い肌をしていた
王宮では 常に音楽が
流れていて
仄かに 香の香りが
漂っていた
彼の少しつ釣り上がった目は
前を 見つめていた

一人の黄色い服を着た
僧侶が 彼の前に現れた

足を卍の型に崩すと
一礼して 王子の方を見つめた

今日は 輪廻転生について
君に 色々と聞きたいんだ
僕は 実は前世の記憶があって
僕は以前は ビルマ族の僧侶だったんだ
たしか 数百年は前のことだ
その前 僕は西洋の蛇だったんだ
僕は 全てを冷たく見つめていて
でも 今よりも遙かに真実を知っていたんだよ
それでいま 仏教の輪廻転生について
知りたいんだ

王子 今日あなたは輪廻転生について知りたいと
あたなは 体験として前世の記憶を持っている
確かに 仏教では輪廻転生についての
いくつかの 見解を持っております
輪廻転生の苦から解き放たれることが
我々の究極の目的であります
生きることは苦であるという解釈のもと
修行により ニルバーナに達し
生の苦から永遠に解き放たれることを
究極の目的としている所業であります

生きることは苦かね
ウパニシャッド君
私も しばしば確かに
そのように 思うが
苦の中にも いくつかの
快楽があると思うんだ
たとえば 王宮の音楽を聴き
ながら
美酒に酔いしれ マッサージを受けている
あの瞬間も 苦かね?

確かに そのような瞬間があることは
私も 承知しております
わたしなんかは 王子に比べれば
そのような 瞬間は遙かに少ない
ものと 思われますが…
しかし 人生全体として見たときに
やはり 苦だと思うのであります
たとえば 仏教では生まれることは
苦だといいますが
我々 生まれたからには
必ず 死ななければいけないわけであります

王子は ウパニシャッドを少し
しかめっ面をしながら 見つめると
死は 苦かね?
ウパニシャッド君 と言った

私は 死すらも苦だとは思わないことが
しばしば あるんだ
我々は しばしば苦しむけれど
それは 生きているから
苦しむのだと 思うのだ
ウパニシャッド君
生身の肉体を持っていて
心を持っていて しばしば
痛みを感じることは
我々、共通のことであるが
我々が死んだとき
もはや 我々は痛みを
感じることはないわけだな
だから、私は死は解放だと思うのだよ

しかし 王子は生きているときに死を感じることを苦だとは思わないのですか?

それが私はそうは思わないのだよ
私は しばしば死を感じて生きていて
しかし その瞬間私は多くの解放を
感じるのだよ

王宮では鳥が鳴く声が響いている
護衛の兵士が 王宮の入り口の両脇に
一人ずつ 立っている

王宮の床は大理石で
冷たく シャム族の伝統の
文様が 所々に描かれ
ている

私の祖父は もともと王族ではなく
この王国直轄の 農地の管理人だった
かれは 武勇に優れ
王国直属の 守衛兵になった
後に この国の王に気に入られ
王の 護衛などを一身に任される身となり
ビルマ族の 侵攻に際して
王国の護衛において
多くの手柄を挙げた
その功績が認められ
彼は 王族の血を引く
王の妹の 娘と結婚した
そして 私の父親は
王族として育ち
彼もまた 武勇に優れ
あのクーデターにより
王子を国外へ追放し
自ら王の地位に
登りつめたのである

ウパニシャッド君も知っての通り
この王国は 今は平和そのもので
畑では 多くの作物が実り
民は 王に忠実で
すこぶる 繁栄しているように
見えるが
私は 早くも衰退の
気配を 感じているのだよ
私も 王子という立場の性質上
いつ 討ち取られるかわからず
永遠の平和や繁栄などが
この世に存在しないことも
知っている
そういう意味で やはり生きることは
苦しみであるのかな?

王宮に夕日が射し込んでいる

さてウパニシャッド君
今日は王宮で夕食を共にしようではないか
しかし 君は僧侶だ
本当に魚や肉は食べないのか?

はい 食べません
過剰なものは苦しみである
と思います
魚や肉を貪ることは
自ら 苦しみの元を得ているような
ものであります

そうか 私も生命を害すること
殺生することは 罪だと思う
今日は 穀物と果物だけの夕食にするとしよう
酒も飲まないのかね?

酒も飲みません
私も若い時分は
大分 酒を飲んだものでありますが
酔いから冷めたときの虚しさが
耐えられないのであります

そうであったか
では 今日は肉も酒もなしにしよう
王宮では 再び音楽の演奏がはじまった


1.28.2021

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