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黄昏の空を走る #豆島圭さんカバー


▼豆島圭さんの以下作品をカバーさせていただきました!まずは素敵なこちらの作品からお読みください!


走らないで。
まだ、いいです。
心の中でお願いしてるのに、走りだした。


そのときの僕は、幼稚園の青い制服を着ている。
スーパーに着いた途端、首輪を外された犬かのように、お菓子売り場へ走って行った。
遠くから妹を抱っこしているお母さんの「走らないで!」という怒鳴り声が聞こえる。

僕はお母さんを見失った。
お母さんが見つからないスーパーは全然知らない怖い世界に思えた。
走る、走る、お肉売り場、お魚売り場、レジ。
お店の人に放送でお母さんを呼んでもらい、お母さんに会えた瞬間、安心したのか粗相をした。

夕陽の差す道を引き摺られるように帰った。
「ごめんなさい、勝手にいなくなってごめんなさい、おしっこしてごめんなさい」
僕は泣きじゃくりながらお母さんに謝るが、お母さんはこっちを見なかった。

家に着いた瞬間、お母さんはようやく僕の方を振り向いてくれ、その嬉しさにニカっと笑った。
お母さんは思い切り僕をぶった。
お母さんは泣き叫ぶ僕を無視し家の奥に入って行ったが、別室からおじいちゃんが出てきて「一緒にお風呂入るか」と抱き締めてくれた。


次は小学生。
授業参観にお母さんが来てくれていた。
将来の夢を発表する授業で、
「僕の将来の夢は宇宙飛行士」と発表した。

家に帰るとお母さんは、
「なれるわけないじゃん、学校の先生とか現実的な夢にしなよ」と言葉を投げ捨てた。
肩を落とす僕を見ておじいちゃんは、
「いつか一緒にロケットに乗って月に行こうな」と言ってくれた。



今度は中学生。
冬の寒い中白い息を吐きながら田んぼの中を大勢で走っているのが見える。マラソン大会の練習だ。
僕はおつむは弱かったが、走るのは得意だった。

「絶対に学年1位取るから応援に来て」
とお母さんにいうと、明日は妹の歯医者の予約がある、学校の手紙をなんで早く渡さないんだと怒鳴られた。

お母さんと妹が2人で出かけた後、おじいちゃんが手紙を見て「じいちゃんが見に行くかんな」と呟いた。

結局10位も入賞できず、むしろお母さんに見てもらわなくて良かった。
「1位取れるなんて嘘じゃん」と言われたはずだ。
そうか、僕頭も悪いし足も早くないんだな。

同級生のお母さんの中に混じって、おじいちゃんが手を振ってくれていた。



高校生、学ランを着ている。
盗んだバイクで走り出す、なんてしないよ。
そんな度胸は持ち合わせていない。

中学のマラソン大会を見てくれた冬、おじいちゃんは心臓発作でなくなった。
そういや死ぬちょっと前に、三途の川の向こうでばあさんが手を振ってたなんて言ってたっけな。


先輩がバイク買ったから後ろに乗れよって言ってくれた。
おじいちゃんはよく「グレるなよ」って心配してくれていたけど、授業サボってバイク乗るくらいはグレのうちに入らない。

学校の周りぐるっと周ろうっていうから、ほんの軽い気持ちで乗ったんだ。
あぁ、僕も先輩も運が悪かったんだな。
ヘルメットの首の紐も緩んでたし、先輩も夕陽が眩しくて前が見えなかったからって。


あぁそうか、そうか、これが走馬灯ってやつなのか。
随分つまらない映像ばっかだったな。
お母さん、多分僕のこと大嫌いだったんだろうな。
でも最期くらいお母さんも泣いて駆けつけてくれてるんじゃないかな、それくらい見せてくれたって良いだろう。
もしかしたら妹の歯医者で病院なんて来ないか。


川が見えてきた。
向こう岸に綺麗な花が咲き乱れている。
そして、おじいちゃんが手を振っていた。
三途の川って綺麗なんだな。

あぁ、そうだそうだ、僕そういえば宇宙飛行士になりたかったんだ。小さい頃の夢だよ。
僕は三途の川の向こうじゃなくてロケットに乗って宇宙へ行くよ。

そう思っていると、金色のロケットが花畑に降りてきた。
そこから出てきたのは宇宙服を着ているおじいちゃんだった。

「月、行こうな」と、僕に宇宙服を差し出してくれた。


僕はおじいちゃんと月へ行く。
きっとそこは、お母さんや妹はいない、僕のおじいちゃんのように優しさで溢れた世界だ。



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