春風に吹かれて #春ピリカ
今日死んでもいいな。
そんな心地いい春風が吹いていた。
あの日、アユムは私にプロポーズをした。
そして、その日に私は死んだ。
私は幽霊のサチコ、まだ成仏できていない。
この世に未練があると成仏できないらしい。
私の未練は、指が太いことだ。
生前に指を鳴らしすぎて、指の関節が太い。
お母さんに、指が太くなるからやめなさいと注意されていたのに。
指が太いせいで、アユムにプロポーズをされたとき、指輪が入らなかった。
そのショックで飛び出し、事故に遭った。
もし、私の指が細かったなら。
あのとき指輪が入ってたら、死んでなかったかもしれない。
私は生前も今も、指を隠したくて服を萌え袖にしている。
私は指を細くしなきゃ、
きっと、
成仏できない。
成仏するため、指を細くする方法を探した。
指が細くなるクリームがあると知り、薬局のテスターを毎日塗りに行った。
クリームが宙に浮く現象が噂となり、テスターは撤去された。
生前のYouTubeアカウントで、指痩せ動画を毎日観た。
手をグーパー開いたり、爪の付け根を押したりと地道に取り組んだ。
しかし、アカウントを共有していた姉が不審なログインに気づき、パスワードを変えられた。
ピアノを弾けば指が細くなるらしいと聞き、ピアノがある家で練習をした。
『エリーゼのために』が両手で弾けるようになった頃、勝手にピアノが鳴ると霊媒師を呼ばれ、練習をやめた。
人に迷惑をかけ、指も細くならず落ち込んだ。
気を取り直し、別の方法を探すべく本屋を目指した。
気持ちのいい春風が吹いている。
たださっきから、誰かに尾けられている気がする。
私、幽霊なのに。
ザッザッと靴の音がする。
私が走れば後ろの足音も速くなり、私が止まるとその足音も止まった。
意を決して後ろを振り向くと、
自販機の光に照らされてスーツ姿の男性が立っていた。
「やっと会えた、さっちゃん」
そこには、息を切らしたアユムがいた。
「えっあっアユム…みえるの?」
幽霊である私の目を、アユムはまっすぐ見つめていた。
ふっと私たちの間には一瞬の静寂が流れ、ジーッと虫の声が聞こえた。
「本当にごめん。あのとき俺が小さめの指輪を渡したから、成仏できなかったんだよね」
「違うの私が指太いから…」
春風が足元に絡む。
「さっちゃん、違うよ。さっちゃんは指細くしようとずっと頑張ってたね。
さっちゃんの不器用で頑張り屋さんのところが、大好きだったんだ」
そしてアユムはあの日と同じピンクの箱を開けた。
「さっちゃん、来世で結婚してください」
アユムは、小さなダイヤがハマった指輪をそっと私の薬指に通した。
あの時より、大きいサイズの指輪だった。
私は小さく頷いた。
すーっと体が軽くなるのを感じた。
そっか、指が太いことなんて全然気にすることじゃなかったんだ。
成仏するには良い日だな。
そんな心地いい春風が吹いている。
風は私を包み、暖かいところへ連れていった。
小さなダイヤがハマった指輪がコロン、と夜道に落ちた。
(1,200文字)
▼以下の企画に参加しました!