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湖の化け物 #夏ピリカ

湖に、化け物が映っている。

どす黒く長い髪の毛、ギョロリとした魚のような目、そして鯨より大きくぶよぶよとしたこの体。
そう、私だ。
私は毎日こうして、湖を鏡として醜い自分の姿を見ている。

私は30mもある巨人だ。人間は私を湖の化け物として怖がり、この湖に近寄らない。
たまに人間が来たとしても「この化け物が!」と叫ばれ石を投げられるだけだ。私はただ、湖を見つめているだけなのに。

「ねぇ、そこの大きなお姉ちゃん、何してるの」
ある日、湖で自分を眺めていると人間の子供に話しかけられた。
「もしかして、自分のこと見てるの?」
今まで人間に話しかけられる時は、罵声を浴びさせられるか石を投げられるかどちらかだったため、私は突然のことに戸惑っていた。

「ちょっとアユム!湖には近づかないって言ったでしょ!」

おそらくこの子供の母親と思わしき若い女性が駆け寄ってきた。
「このお姉ちゃん、ママと同じことしてるだけだよ」
「何言ってんの!」
アユムの母は、アユムを引きずり湖から去ろうとした。
「鏡でいつも自分のこと眺めてるじゃん、このお姉ちゃんも同じことをしてるだけだよ」
「アユム、話は後で聞くから…」

私は、意を決して口を開いた。
「私は、人間から化け物って言われているけど、綺麗になりたくて」
アユムの母は驚いた顔をしている。
「でも綺麗になる方法が分からなくて…」

「ママはね、美容師なんだよ!どんな人でも綺麗にできるんだよ!」
「ちょっと馬鹿あんた!」
「綺麗になる方法を知ってるのね…その方法教えて欲しい。皆から化け物なんてもう言われたくない…」
私は湖にボロボロと涙を落とした。
「…」
「ねぇママ…」

驚いていたアユムの母は、真剣な顔つきになり口を開いた。
「化け物さん、あなたの顔や髪を綺麗にするお手伝いはできる。だけど、太っているその体から痩せることができたらお手伝いするわ」

それからアユムの母は、痩せるための食事改善・有酸素運動について教えてくれた。
今まで狩りで捕った動物の肉しか食べておらず、炭水化物・野菜不足を指摘された。
またアユムの母の友人の運送会社に雇われ、毎日ウォーキングで物を運んだ。

そんな生活を半年続けていたら、元の体重から50トンの減量に成功した。

「お姉ちゃん痩せたね!」
その後、アユムの母は街中の美容師と、メイクさんを連れてきてくれた。 
「街中の皆はあんたの努力を見てきたよ」
集まった皆が口々に温かい言葉をかけてくれる。

それから私の変身が始まった。
長い髪の毛はボブ、化粧はオルチャンメイクにしてもらうことにした。

「前髪はどうされますか?」
「あっ眉よりちょい下で」
「かしこまりました」
集まった美容師・メイクさんは、半日もの時間をかけ、私を綺麗にしてくれた。

「お姉ちゃん、凄く綺麗になったね」
アユムが私の顔を覗き込んだ。
「えっ私、綺麗?」
皆がニコニコしながら、頷いた。
「いつも通り、湖を見てごらん」

湖に、綺麗な巨人が映っている。

(1,200文字)

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