「空豆くん」 辻下直美創作童話
薄紅色の花たちが今日という日をお祝いしています。
そう、今日は松が谷小学校の入学式です。色とりどりの新しいランドセルに、そわそわした小さな子供たち、お母さんたちはおしゃべりに夢中です。
はじめての教室、はじめての机、はじめての連絡帳。
はじめてづくしの今日、小学校に入ってはじめて背の順での列を決めることになりました。
空くんは内心ドキドキしています。
一番前になったらどうしよう、ぼくより小さな背の子はいないかな。
空くんは、教室をぐるっと見渡しましたが、なんだか皆自分よりは背が高い気がしました。
空くんは幼稚園でも2年間、ずっと一番前で腰に手をあてるポーズをしてきました。
もう、そのポーズをとりたくはありません。
教室の後ろに皆集まり、背の高さを比べ合いながら並んでいきます。
結局、全ての人を追い越して一番前まできてしまった空くん。
空くんはまた列の先頭になってしまったのです。
がっかりする空くんに、女の子の中で一番背の低い子が声をかけてきました。
「私、荻野祐子。よろしくね」
空くんはたどたどしく
「佐藤空です。」
とこたえるのがせいいっぱいでした。
「えー空くん?すっごくきれいな名前!」
と荻野さんは目をきらきらさせて誉めてくれました。
空くんは照れてそれ以上何かを話すことはできませんでした。
しかし、それを聞いていた男の子が、
「えー空ってでっかいのに、おまえは豆つぶみたいにちっちゃいな。じゃあおまえのあだ名は今日から空豆だ。」
と言って、数人がけらけらと笑いました。それから空くんのあだ名は空豆になってしまったのです。
空くんは帰り道、地面ばかり見て歩いていました。
自分の名前である空を見ると嫌いになりそうだったからです。
帰り道にはおばあちゃんの畑の横を通ります。
おばあちゃんはそこで色々な野菜を植えていて、空くんは畑の野菜が育つのを見るのが好きでした。
いつも畑にくると元気な空くんが今日は元気がありません。
おばあちゃんは学校で何かあったの?と優しく聞きました。
空くんは自分が豆みたいに小さいからあだ名が空豆になってしまったということを話しました。
話している間、空くんは本当に悲しい気持ちになって、しゅんとその場に座り込んでしまいました。
そんな空くんをおばあちゃんは畑の空豆の前に連れていってくれました。
空豆は空くんより少し高く伸びていて、きれいな花が咲いています。
「空豆はさやが空にむかって伸びるから空豆って名前がついたんだよ。だから空くんはこの空豆よりもっとずっと大きくなるよ」
「本当?」
「本当さ、今は小さいけれど、いつまでもこうじゃないさ。おばあちゃんが嘘ついたことあるかい」
空くんは自分の背丈より高い空豆を見ながら、いつか目の前の空豆より高くなれる気がして、なんだか少し誇らしげになりました。
次の日、空くんが教室に入るなり空豆~空豆~と男子がはやし立てました。
けれど空くんは昨日より嫌な気はしませんでした。
そんな中、荻野さんが
「私、空豆ってかわいい名前だと思う。とそれにとっても美味しいから好き。」
と、清々しく言いきりました。
空くんは胸のあたりがぽわっと暖かくなるのを感じました。
荻野さんの一言で空豆というあだ名がとても素敵なもののように感じられたのです。
一ヶ月後、空にこいのぼりが泳ぐ季節になりました。
空くんの背はまだそんなに背は伸びていませんが、おばあちゃんの空豆収穫を手伝っています。
ぷっくりとした空豆は、空くんにはとても大きなものに感じられました。
この空豆は五さやほど内緒で荻野さんにあげる約束をしていました。
おしまい
*あとがき*
いつも読んでくださってありがとうございます。
この作品は童話教室を受講した時にはじめて書いた記念の過去作品です。
なので”はじめて”の経験からはじまる作品を作ろうと思い書きました。
お題は「空豆」だったのですが
先生からの講評では「空豆」というあだ名をつける小学生はセンスがありすぎる、というお言葉をいただいて、私は大人の視点で都合よく物語を書いているのかもしれないなぁ、と考えさせられました。拙い初期の作品ですが初心を思い出したい時に読み返そうと思いここにつづりました。
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