忘れもの

 橙色に染まったカーテンが揺れ、土埃のにおいが鼻先に漂ってきた。それは鼻腔でもわりと膨らみ、少女の身体の鉛となった。左足、そして右足も教室へ入ったところで、足が重くもつれる。このまま、色のない深海へ落ちていくのではないだろうか。
 影を引きずり、少女は■■の前に立つ。■■は窓際の一番前の席で、まひるまの動物園の梟のように、穏やかな顔で眠っている。頬にかかっている後れ毛をはらい、あらわになった白い丘陵をしばらく眺めてから、■■の肩を揺らした。

「……お、おはよう!」
「……」
「めっちゃ寝てたね。起こしちゃったけど、よかった?」
「……」
「わたし忘れものしちゃってさ、ノート取りに来たんよ。■■ちゃん、今日は部活ないん?」
「……」
「そうなんや……吹部大変やもんなぁ。じゃあラッキーやんね」
「……」
「そうそう。わたし辞めちゃったからさぁ。体験で、ちょっとキツそうかなって思って」
「……」
「でも、やってたらよかったんかなぁって、思うときもあるんよ」
「……」
「え、だってさ、楽器が得意な人ってかっこいいやん。まあわたしリズム感ないし、得意ってほど上達するかはわからんけどね。小学校のときの音楽、3やで? 小学校で」
「……」
「……わたしな、■■ちゃんにずっと言いたいことがあったんよ」
「……」
「今言うてもいい?」
「……」
「わたしな、■■ちゃんのこと」

 うたた寝から覚めた■■の目にはまだ微睡みがあり、ヒスイカズラの葉の色の光がぼんやりと浮かんでいる。洞窟のようだ。その水面に少女の姿はない。じっと見つめていると、窪みから何者かに誘われて吸い込まれてしまいそうだった。
 手を伸ばし、■■の頬を包み込む。ぽろぽろと皮膚が崩れていく。少女はまだ気付いていない。たとえばその硬さや白さ、がらんどうの■■に。
 少女はもう少女ではなかった。骸は時計を見つめている。針は昼を指したまま止まっている。

「ずっと好きやった。はじめて見たときから……」
「……」
「いい匂い……■■ちゃん……」
「……」



「告白」がテーマの授業課題でした。

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