無知最高と叫びなさい

　誰かに泣きつきたい夜だけど、できるだけ泣かない方がいいとは思っている。泣いてしまうと、鼻水が出て、喉に粘ついた取っ掛りができる。それが気になって眠れなくなるからだ。目の奥の、脳と繋がっているところに力を入れて、なんとか悲しみを心に落とした。涙や鼻水が出ない体なら、好きなだけ泣いているのに。

　言葉で人を傷つけたいときがある。それは大抵、自分が傷ついているときだ。先の鋭い思考や感情を探して、打ち込んでは文章に変なところがないか考えてみる。そのほとんどが冬に夏物の服を引っ張り出してくるようなものだから、途中でしょうもなくなってきて、消去する。ときどき「この台詞、小説に使えるかも」と感じて、メモ帳へと移す。いつの間にか、人を傷つけたい気持ちは、人を唸らせたい気持ちに変わっている。

　今日、はじめて皮膚を切ろうと思った。私が短歌を詠みはじめたきっかけである憧れの人が言っていたように、縦に。だけど、どこに？　腕や足は嫌だった。ノースリーブもミニスカートも好きだから。じゃあ、どこに？　脇腹くらいがいいのかもしれない。切腹したってツイートしたって、誰も信じないのだろう。脇腹に決めた。しかし、切るためのものを見つけられなかった。
　憧れの人は、使いやすい剃刀についてツイートしていた。剃刀なら風呂場にある。インスタでは頻繁に脱毛の広告が流れてくるけれど、一度も踏み切ったことはない。私は剃刀で皮膚を切る方法を知らなかった。無知が私を助けてしまった。無知最高！　無知最高！　お前も無知最高と叫びなさい。
　とはいえ、もちろん今晩死ぬつもりは全くない。明日は夕方から夜までバイトが入っている。もうシフトは確定しているから、もし今晩死んでしまったらバイト先に迷惑がかかる。11日の授業は私の発表があり、放課後には忘年会へ行く。卒業制作展示会の委員になり、広告ポスターか何かを作る役割を担っているし、私はまだ死なない方がいい、という結論に至った。

　高校3年の受験期のとき、私は普通に息をすることが苦手だった。周りが当たり前のようにしていることができなくて、それは自分だけなのだと思っていた（し、世界のどこかにはいるのかもしれないけれど、周りにはいないと今も思っている）。私に志望校はなかったが、母と姉にはあった。教員免許が取得できる学部が絶対条件。姉は私に「残念だけど教師にはなれない」と言った。教員になりたいと話した覚えはなかった。母は「自宅圏内じゃなくてもいいよ。家族全員で引っ越すから」と、姉は「絶対に引っ越したくない。自宅圏内にして」と、それぞれ食卓、姉の部屋で言われた。どうすればいいか分からなかったけど、友達には話せなかった。友達はみんな頑張っていた。自分の意志で将来の夢や志望校を決めて、それを目指して勉強している。その頃、私は歴史探究という授業が好きだった。1年の頃数回話しただけの好きな人と、同じ選択科目だったからだ。同じ教室にいるだけで勝手にありがたがっていた。

　受験期の話は、人に話してはいけないと思っていた。昔から母は愚痴のあと「春にはわからないと思うけど」と付け足す。その言葉はとても苦しくて、自分も人にそう思いたくなかったからだった。それなのに、少し前、ある友達に打ち明けてしまった。七割ほどを話してから「ごめん。忘れて」と言うと「ごめんじゃないよ」と返された。優しい人だな、あなたにはすぐ光が来るよ。と思った。

　人に恨まれるより、人を恨む方がつらい。家庭内の一時的な言い合いも、すべて私を原因にして、その場がおさまればそれでいいと思いはじめてきた。年末年始はいろいろあったけれど、火元を探すより、私が火元ですと示す方が早く済む。そう考えるのは、少しは罪悪感があるからなのだろうか？　いや、あの件に関しては特にない。
　そんな中で、私が一番楽しみにしているのは友達と会う約束だ。それを糧に生き永らえていると言っても過言ではない。本当に。週末に大学の友達と会う予定があったけれど、無理かもしれないという旨のLINEが来て、ものすごく落ち込んでしまった。心の調子があまりよくないらしい。それも悲しかった。年中脳と心に元気のない私は、その約束が、友達が美味しいものを「美味しい〜！」と言いながら食べているところを見ることが糧だったからだ。早川アキくんが死んだとき以上に落ち込んでいる。
　しかし、あまりこういうことを話すと「自分の人生なんだから、自分の人生を生きないと！（人に依存しちゃダメ！）」と言われるのだが、それらもまあまあ心が沈む。善意なら尚更だ。妊婦を体験できる装置のように、私を体験できたら、みんな死んじゃうかもしれないな、と考える。暗すぎて、もしくは狂ってしまって。いつも「私が強くてよかった」と思うようにしている。

　泣きながら打ち込んでいたら、疲れてしまったし、朝が来てしまった。ここまでこんな話をしておいてなんなんだこいつ感が拭えないのですが、今年の目標は「明るい人になる」です。それと「相手を人間だと認識する」「自分も相手に人間だとわかってもらう」「人にはできる限り優しくする」もあります。
　本年もよろしくお願いします。