死や虹や愛について
ゆっくりと傾く地球に合わせて、千夏の肩へ頭を預けようとしたときだった。死や、虹や、愛について分析した本を読んでいる千夏の眉毛が歪んだ。彼女がすっぴんではないことに気がついて、僕は声を上げた。千夏はため息をついた。どうやら、僕は疲れているらしい。
僕は惑星か、惑星だとすれば土星か、と訊いた。千夏は瞼を輝かせながら「あんたは惑星になれない」と言った。惑星になれないことを知った僕の脳は、混乱して、揺れる。少しだけ千夏から目を離す。
白いローテーブルの上には、数枚の履歴書が重なっている。すべて書きかけで、端の方が破れているものもあった。それらから文字の情報を汲み取らないように、僕はまた視線を移した。白いごみ箱は紙で溢れていた。
特に理由はなかったはずだが、千夏の部屋に来るのは久しぶりだった。家具の配置も小物もにおいも何ひとつ変わっていないのに、知らない空間のような緊張感が漂っていた。千夏に似ているから、と僕が渡したクマのぬいぐるみも、他人の目をしている。どこもかしこも居心地が悪くて、僕はやはり千夏へと目を向けた。死や虹や愛を理解したいのだろうか。僕にはその辺りはさっぱりだけど、千夏を愛しているし、千夏と見た虹は綺麗だったし、千夏の死はきっと立ち直れない。彼女のかたちの粘土(だと、思ってしまった。なんとなく。)を見つめていると、いつの間にか、脳の揺れは収まっていた。
「もうやめて」
千夏が呟いた。
「もうやめて。私を見ないで」
はじめは、誰に向けられた言葉なのか分からなかった。千夏の涙袋は今にもはちきれてしまいそうなほど膨張していて、僕はそれにようやく気がついた。見ないでと言われてから、やっと。ずっと見つめていたというのに。
この部屋には、いま、千夏と僕のふたつしか存在しない。
「あんたは死んじゃったんだよ。なんでここにいるの。なんで久しぶりって、普通の顔で出てくるの。ずっと立ち直れなくて、やっと、やっと前に進もうって思えてたんだよ。なんで忘れさせてくれないの。なんで死んじゃったの」
そこまで言うと、千夏は本を閉じた。紫色の空に淡い虹が浮かぶ表紙が見えた。ちゃんと栞を挟んでいて、ああ、僕はきみのそういうところが好きだったんだよ、と思った。口がうまく動かせなくなっていた。
その代わり、からだは動いた。床に転がっていたポーチからペンを、ごみ箱から履歴書を取り出す。自己PR。
僕は土星になりたい。土星の輪で踊っている千夏を見たい。僕は何者かになれるだろうか。
「なんでこっちにいるの。なんで向こうに行けないの。なにが必要なの」
泣き続ける千夏の肩に触れようとしたが、からだはするりとすり抜けてしまった。
死や虹や愛、と僕は答えた。それは無意識下でのことだったから、口が動かせるようになっていたことに、僕はしばらく気がつかなかった。
「え?」
千夏の口が綻ぶ。僕はまだ気がついていない。
「もう全部持っているのに?」