第25回: 「ムスリムフレンドリー」な旅先ランキング
2021年7月28日掲載
先日、2年ぶりに「GMTI(グローバル・ムスリムトラベル・インデックス ※1)」が発表されました。ムスリム(イスラム教徒)に優しい「ムスリムフレンドリー」な旅行先をランキングするこのインデックスは、世界140の国と地域を対象にしています。昨年は新型コロナウイルス禍の影響で発表が見送られましたが、今年は初開催のオンライン旅行博『ハラール・イン・トラベル・グローバルサミット』のメインイベントとして発表されました。そこで今回は、このインデックスについて考察します。
ムスリム旅行市場の見通し
インデックスはランキングの発表だけではなく、ムスリム旅行市場の概況についても言及しています。それによると、13年は1億800万人だったムスリム旅行者が19年には1億6,000万人に増え、期間中のCAGR(年平均成長率)は7.5%に至りました。しかしながら20年には4,200万人となり、今年は2,600万人にまで落ち込むと予測しています。市場が本格的に回復するのは23年で、同年は19年の8割の1億3,000万人程度まで戻ると予測しています。
今年のインデックスで私が注目したのは、ランキングではなく評価項目の変更でした。というのも、昨年発表を見送ったインデックスが「ポストコロナ」を占うに際して、何を重視したのかが重要だと考えていたからです。評価項目の追加や変更は過去にも行われたのですが、今回それはいみじくも日本のランキングにも影響したのです。
それでは評価項目について見てみましょう。今年はムスリム旅行市場に関する40のデータが11項目に集約され、それが4つのカテゴリーにまとめられました。前回からは5項目が対象外となり、3項目が新たに対象になりました。その4カテゴリー11項目の内訳は、◇アクセス(配点10%: 接続性、交通インフラ)◇コミュニケーション(配点20%: 広報、コミュニケーション力、利害関係者の意識)◇環境(配点30%: 治安、信仰の自由、渡航者数、環境整備)◇サービス(配点40%: ハラールの飲食店、礼拝施設、ホテル、空港)――となっており、配点の6割はムスリム以外の旅行者にも重視される内容になっています。
日本は初めてランクダウン
さてランキングですが、日本が属するイスラム協力機構(ОIC ※2)非加盟国ランキングと、全世界が対象のグローバルランキングについて見てみましょう。まず日本ですが、ОIC非加盟国ランキングで7位でした。これは日本が初めてランクインした13年(23位)以降で初めてのランクダウンで、一昨年の3位から大きく順位を落としました。代わりに躍進したのは台湾で、15年以来日本と抜きつ抜かれつの競争を繰り返してきましたが今年は大きな差をつけ、英国と並ぶ同点2位にランクアップしました。
ОIC非加盟国ランキングの首位はシンガポールです。同国はОIC非加盟国で唯一グローバルランキングトップ10に入っており、その実力はОIC加盟国からも一目置かれているほどの評価を得ています。ムスリムトラベル市場において日本が目指すべき姿はシンガポールだと、私はかねてより主張しているのですが、残念ながら今年はさらに差が開いてしまった結果となりました。
一方、グローバルランキングの首位はマレーシアです。一昨年はインドネシアと同点首位に並ばれていましたが今年は単独首位で、4位にランクダウンしたインドネシアを引き離しました。マレーシアに続くのは2位のトルコと3位のサウジアラビア、次いでインドネシアと5位のUAE(アラブ首長国連邦)といったランキング常連国が名を連ねています。各国はランキング発表後自国の順位を詳しく報道しており、特に近年インドネシアに猛追されていたマレーシアは、ナンシーシュクリ・マレーシア観光芸術文化省大臣が祝辞を述べるなど、パンデミック下での束の間の祝賀ムードが広がりました。
日本の課題は「サービスとコミュニケーション」
日本は近年「ムスリムに人気の旅行先」であったのは間違いありません。ランキングで示されたように、13年以来ランクアップを続け、前回まではОIC非加盟国カテゴリーで3位と健闘していました。加えて16年には「ワールドハラールツーリズムアワード・成長市場部門」で首位を受賞したほか、18年には「ミレニアル世代(00年以降に成人を迎えた世代)のムスリム旅行者に人気の旅先第3位」(首位はマレーシア、2位はインドネシア)と高い評価を受けていました。
またメディアでも15年にはカタールの衛星放送アルジャジーラが「日本は戦後初めて米国とは異なる、ムスリムを受け入れようとする外交政策を展開している」と好意的に報じたほか、17年には米国経済誌「フォーブス」が「トランプ大統領によるムスリムの米国への入国制限は、ムスリムを迎え入れたい日本の利になっている」と報じていたほどです。
にもかかわらず日本はランクダウンしました。その主たる原因は何だったのでしょうか。それを探るべくインデックスの監修責任者であるクレセントレーティング社(シンガポール)のファザール最高経営責任者(CEO)に日本の事業者へコメントをお願いしました。同氏のアドバイスから日本の課題が垣間見えます。
「ムスリム旅行者にとって日本は今後も非常に魅力的な市場であり続けるでしょう。それには日本はムスリムフレンドリーであり続けることが重要です。そこで日本の事業者の皆さんには、今年から来年の間にGMTIに基づいて『サービス』と『コミュニケーション』の2つの分野に投資することをお勧めします。『サービス』の分野では食事と礼拝施設を今以上に充実させること、そして 『コミュニケーション』では「利害関係者の意識」と「マーケティング」の両方を推進することが不可欠です。コロナ禍で現在旅行市場は止まってしまっていますが、日本にとってはこれら分野を改善するための絶好の機会です。今から準備しておくことで、ニューノーマルになる23年に旅行客が戻ってきた時には、日本は良い準備ができていることでしょう」
開幕した東京五輪では国内外のメディアの拠点となっているメインプレスセンターに「ハラールメニューや礼拝施設がないから、何も食べずにコーヒーばかり飲んでいる」といった声や、横浜スタジアムで五輪の警備をしているムスリム22人へのお弁当がハラール対応されておらず変更を求めたところ、「(ムスリムも食べられる)魚は高いからと言って対応してくれない」といった声が届いています。サービスとコミュニケーションの充実が求められる中、「外国人へのおもてなしが偏狭で内向きな警戒心に変わっている」(ワシントンポスト誌)という世界の目は、国内外で厳しくなっています。
※1:Mastercard-Crescent Rating, Global Muslim Travel Index 2021
※2:Organization of Islamic Cooperation
掲載誌面: https://www.nna.jp/news/show/2217635
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