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透明日記「日の出ごろに散歩する」 2024/10/02

川の土手へと続く坂を登ると、反対側の歩道の端で日の出を拝む二人の婆さんがいた。上がってるね。うん、上がってるね。赤いね。うん、赤いね。と聞こえてくるような感じがした。

土手を歩く。薄雲。ゆるい風。朝の空気は水の気が濃く、からだの輪郭が少しにじむような気がする。人もまばらで、寝ぼけていても歩きやすい。

謎の鳥が鳴く。テュトゥトゥトゥ、ケケケキ。姿を探してキョロキョロすると、ビイビイビイ。近くで虫の声ばかりする。鳥の姿が見えない。虫の声に聞き入る。ビイビイがビイイと伸びて、長い尾を引く。土手の下の藪には音がこだまし、草の葉が虫の音に包まれている。藪を見ていると、こっちまで震える。

歩いていると、道の端のフェンスに謎の鳥が留まった。雀に肉をつけて上下に引き伸ばしたような、そんな形をしている。尾羽が少し長い。調べてみると、声や形がモズに似ている。雀のような色をしていたので、モズのメスだと思う。騒がしい鳥だ。

しばらく歩き、土手の階段に休む。二日続けて見かけた猫はいない。タバコを吸いながらぼうっとする。

ぼうっとしていると、目の前を頭虫がちらつく。光のカスがちらちらと舞う。熱力学の運動モデルに描かれる、粒子のように飛んでいる。密になったり、疎になったり、出鱈目な熱力学をやる。眺めていると、タバコの灰が膝に落ちた。振り払って汚れを落とし、ふたたび、ぼうっとする。

川の石の段々に水が砕ける音がする。ゴゴゴと川を覆うように響く。目を閉じて音だけ聞いていると、瀑布の近くにいるような気になる。意識が水の底に呑まれていく。目を開けると穏やかな顔で川がある。

カワウが空を飛ぶ。空っぽのガチャガチャの玉を擦り合わせたような声を上げる。

空の薄雲は東の山の上で途切れ、山と薄雲の間が黄色く光っていた。和紙に漉されたように光が淡い。

腰を上げて帰る。薄雲に小さな穴が開いて光が漏れるところがある。穴は開いたり閉じたりする。そのうちに、穴の広がりが大きくなり、日輪の下っちょが少しだけ見えた。見えたと思うと雲が覆う。雲の隙間から、光が条となって漏れていた。

日の傾きを測る。腕を伸ばして拳を重ねる。拳ひとつが約十度。元JAXAの物理教師に教えてもらった。物理教育に力を入れようと転職したのだったか、他の先生とは毛色が違って好ましかった。授業中、本を書いたと言って宣伝をはじめる。遠足のアイススケートで後頭部を打ち、病院に運ばれる。記憶って飛ぶんだね、びっくりしたよ。と標準語で言う。遠足の思い出が消えたらしい。授業内容は覚えていないが、マイペースな人柄がよかった。

角度を測ってそんなことを思い出すと、角度を忘れた。三つか四つ重ねたと思う。

家でうどんを食う。黒とろろやすりごま、七味などかける。大根がほろりとして美味い。

粘土で細々したものを作る。

昼に焼き飯を食う。白菜を入れたけど、あまり意味がなさそうな感じだった。塩胡椒をもっと入れればよかった。

昼過ぎ、うろこ雲が出ていた。近いうちに雨が降る。文法を少しやって外に出る。

近所のカフェでブコウスキーの「くそったれ!少年時代」を読み始めた。登場人物の吐き出す言葉が少し笑えるが、痛ましいものを感じる。

帰りにスーパーでバナナを買おうと、フルーツの周りをうろうろすると、いろんなフルーツが手に入る。両腕にフルーツを抱えて店内を動く。ついつい他の物を買うので、買い物カゴをよく忘れる。

周りの人はカゴを持っている。カゴのない人は、一つか二つの商品で済ましている。涼しい顔で店内を歩いているのが羨ましい。どこでそんな知恵を身に付けるのか。なぜおれはフルーツに不自由を強いられているのか。少し苦い思いをするが、購入と言うより収穫という感じで、少し楽しい気持ちもある。

フルーツをレジに並べる。こんなものを収穫したと、ひとつひとつ自慢するように並べる。レジ袋に詰めると、人間的な地平が感じられ、苦い感じが消える。

家に帰って、メシを食い、本を読んで寝た。

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