「おっさんずラブ in the sky」は「あな番」を超えた?ミステリーとラブが融合したドラマを読み解く
1.はじめに
令和元年12月21日に最終回を迎えた「おっさんずラブ in the sky」。深夜ドラマ帯ながら空前のヒットを遂げた「おっさんずラブ」の続編として作られたこの作品は、あらゆる意味で斬新なドラマでした。特に最終回の驚きの展開に呆然となり、宙に放り出されたようなショックを受けた方も少なくないのではないでしょうか?私もその一人です。
最終回で感動したかった筈なのに、どうして突然こんな展開になるんだろう?どうして今まで寄り添えていた物語に、気持ちがついていかなくなってしまったんだろうか?視聴者それぞれの「推し」キャラクターが、最終回8話でとる行動に納得がいかず、理解に苦しんだ方も多いと思います。
中でも主人公でありながら影が薄い、最後の展開が突然すぎて共感できない、と言われた「おっさんずラブ in the sky」の春田創一。今作の主人公は彼ではなく、本当は別のキャラクターだったのではないか・・・という噂までまことしやかに囁かれた、「おっさんずラブ in the sky」の春田創一に関してのキャラクター考と、その斬新な脚本構造に関して、以下、私なりの考察をしてみたいと思います。あくまで「私なり」の考察ですので、書いてある内容に根拠はございません。気に入らない場合は妄想だ!と読み飛ばしてくださいませ。
まずはじめに、毎週ハラハラドキドキの連続で視聴者を熱中させた「おっさんずラブ in the sky」の脚本について、最大の特徴を一文で表すとするならば・・・、
「おっさんずラブ in the sky」は、ミステリーの手法を使って描かれた恋愛ドラマである。
という事ではないでしょうか。
以下、この特徴についてシナリオを掘り下げつつ、併せて主人公・春田創一についても深堀りしてまいりますが、大前提としてネタバレを踏みますので、未視聴の方はご注意ください。
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2.シナリオの骨子について
今回の脚本は「春田創一が黒澤武蔵に告白するエンドで終わらせる」という大オチが最初に決められ、それに向けて逆算して書かれたシナリオだったと推測されます(※1)。この「春田創一と黒澤武蔵のエンド」については、ある方面からの圧力により変更されたのではないか?という陰謀論がTwitterなどを中心に散見されました。しかし武蔵エンドについてはかなり早い段階、少なくとも公式ホームページのTOP画を撮影する段階では決定事項だったと考えて差し支えないでしょう(詳しくはリンク先の記事をご覧ください)。
※1:1月29日発売の「おっさんずラブ in the sky」公式本で、「武蔵エンドありきで話が来た」と、この推測を裏付ける田中圭氏のインタビューが掲載されました。
この大オチを最大のサプライズとして視聴者に届けるため、脚本家の徳尾氏は今回、あえて推理ドラマの手法を取り入れた脚本を書いたと思われるのです。
具体的には真犯人X(=春田創一が最後に選ぶ恋人)を黒澤武蔵に設定し、犯人(=恋人になるキャラクター)ではないかと視聴者が疑う容疑者A(成瀬竜)、容疑者B(橘緋夏)、容疑者C(四宮要)を配して、ミスリードを誘う複数のネタを仕込みつつ、最後に大どんでん返しで驚きの真犯人が明かされる(=黒澤武蔵が恋人になる)という構造です。ミステリー作品として真犯人を最後まで隠しおおせた・・・という意味では、昨夏の大ヒットミステリードラマ「あなたの番です」を超える大どんでん返しに成功しています(※2)。
※2:とは言え、「あなたの番です」はトリックの後出しが多いので実は本格ミステリーではなく、ドラマティックな展開や、キャラクター同士の関係性を楽しむ人間ドラマとして素晴らしい作品です。
これまでミステリーを絡めたラブストーリーは幾つもありましたが、恋愛そのもの、主人公の心の終着点そのものをミステリー仕立てにした恋愛ドラマがあったでしょうか?理系出身である徳尾氏ならではの、非常にユニークな着眼点だと思います。おそらく世界中の映画やドラマの中でもかなり珍しい脚本、挑戦的な作品だったと断言できるでしょう。その詳しい中身について、シナリオの構造を振り返りつつ確認してみます。
3.隠された”主人公の心の声”
通常の恋愛ドラマでは、視聴者は主人公の視点から作品を鑑賞します。前作に於いても視聴者は春田創一の心の動きをつぶさに感じ、彼の視点を通してドラマの世界が描かれました。しかしミステリーの手法で描かれた今作は、主人公・春田創一の心の軌跡を明確に描いてしまうと、真犯人(恋人)が誰になるか途中で分かってしまうため、それを極力避けるための工夫が凝らされています。
その一つが、春田創一自身のモノローグを極端に減らすということ。今回の春田は大人っぽい性格なので変顔が少ない、という意見を何度か耳にしましたが、私は「モノローグの少なさ」が変顔表現の機会を減らしたのではないか?と考えています。実際、不動産を舞台にしたSeason1(以下S1)と比べて、今回のモノローグは冒頭の「お客様~」から始まる定型を除き、かなり少なくなっています。
目立つモノローグとしては2話のシノさんに対して自分の絵をたくさん描いた理由を問うべきか迷うところ、5話の成瀬に対する「仲良しアピールかよ」などがありますが、それ以外のシーンでは後半に行くに従い、春田の心情を詳しく説明する独白がどんどん無くなっていきます。本来ならばモノローグが入っておかしくない場面ですら、あえて春田のアップやロングだけを映して、モノローグを避けている箇所がいくつもあります(例えば5話の成瀬の寝顔を眺めるシーン、8話の黒澤機長が引退することについて屋上でじっと考え込むシーンなど)。最終回まで詳細に心境を明かしていたS1と比べると、その差は明らかです。
4.視点のバトンタッチリレー
第二の工夫は、春田のモノローグが無い分を補完するように入る黒澤武蔵の独白です。モノローグを減らしてしまった為に春田に共感できない、春田の視点でストーリーを追えない・・という部分を、うまく黒澤武蔵のモノローグにすり替え、視聴者の心を巧みに物語の世界へ誘導しています。ただし武蔵を最後までストーリーテラーに据えてしまうと、視聴者の共感は得られるものの、やはり大オチが見えてしまうため、途中から武蔵のモノローグもプツリと無くなってしまいます。
それに代わって中盤から力強く描かれたのが、感情移入しやすい四宮のエピソードと、成瀬の成長物語です。彼らについての描写が詳細であることについては、ミスリードを強力にする2つの効果が考えられます。
(1)本筋ではないかと思わせるストーリーライン
成瀬は春田との交流を経て、次第に人間としての情緒が発達してゆきます。その過程「反発→衝突→和解→共感→恋心」を通して、成瀬は少女漫画的な王道ヒロインとして描かれており、ミスリードを誘う巧みなストーリーラインが描かれています。他方、四宮は徹底して「片想い、耐えるキャラ」として、過去2作のおっさんずラブシリーズ内のヒロインと同等の立ち位置で描かれており(春田からの愛情の見返りは一切ありませんが)、やはりこちらも最終回に愛を勝ち取るヒロインなのではないか?というミスリードに成功しています(筆者もまんまとこれに乗せられました※3)。
※3:四宮ルートについては、筆者がシナリオに対して抱く疑問点が幾つか残っているので、「春田が好きな四宮」を愛する人向けに記事を別に書かせて頂きました(宜しければ「最後に残した苺、をめぐる考察」をご覧ください)。
(2)視聴者が共感し、物語を眺める視点としての拠り所
春田のモノローグ不足により視聴者の共感を得られにくくなってしまった主人公の代わりに、中盤からは共感を得られやすい彼らのエピソードを通して、視聴者を「推しキャラクター」応援という乗り物(視点)に乗せる事に成功(※4)し、春田と武蔵のカップル成立に向けての布石に目がいかないようにする効果がありました。
※4:それ故、「推しキャラクター」というフィルター越しに最終回を観ていた視聴者の大半が、最後の武蔵エンドを迎えて「推しキャラ」視点を失い、宙に放り出されたようなショックを受けたと思われます。
以上の工夫により春田の心の動きを可能な限り秘匿し、見事に驚愕の武蔵エンドまで描き切った本作ですが、その斬新さゆえに避けがたい弊害もありました。それが冒頭に述べた、「主人公としての春田創一」の印象の薄さです。
5.春田創一は本当に主人公だったのか
一般的に物語の語り手、主人公というのは脇キャラに比べて個性が出しにくくなっています。まれにクセの強い主人公も居りますが、大半は視聴者が感情移入しやすいよう、個性が強すぎないキャラクターが選ばれます。つまり個性が弱い分、視聴者を主人公の視点に同化させ易くなっているのです。
しかし今作は主人公=「視聴者を物語へと没入させる乗り物(=視点)」であるにも関わらず、モノローグが少ない=「視聴者へ内面を明かさない」=共感しにくい主人公となってしまったため、キャラ個性の薄さだけが目立ってしまったのではないでしょうか?
また今作の春田は「気が優しく人を助けたり応援するのが好き、自分よりも相手の事を考えて譲ってしまいがち」という穏やかな性格のため、S1の春田よりも強引さ・天真爛漫さが少なく、相対的に大人っぽい振る舞いをしているため、周囲の個性的なキャラクターに埋もれてしまったという部分もあります。
だからと言って今作の春田は主人公としての描写が少ない、雑であるという意見には首を傾げざるを得ません。
まず春田の過去に関して。S1でも春田の過去に関する情報いえば、母親と幼馴染の兄妹が話す恋バナと、水族館での悲惨な体験話程度でした。父親不在の理由や、母親のパートナーである「あたるくん」など名前しか出てこないキャラクターについての説明も一切ありません。
今作においてはヒロインの橘緋夏が高校時代の話を、そして春田自身の口からは前職での経験やリストラ理由などが語られています。寮生活のため家族については明かされませんでしたが、成瀬の父親の件で「家族」にこだわっている部分、年末は実家へ帰省している事を考えれば、家族関係が良好であることは見て取れます。つまり春田の過去についての話や家族についての描写に、S1と本作にそこまで大きな差があるとは言えないのです。
それではエピソード自体と春田の関係はどうでしょうか?実はS1も本作も、春田自身が主体となっているエピソードはそれほど多くありません。S1では担当している顧客自身の問題や荒井兄弟の居酒屋買収詐欺事件などに春田が巻き込まれ、それを解決することによって周囲も春田自身も変化してゆく・・という構成になっており、その流れは今作in the skyとほぼ変わりがないのです。
そもそも春田創一の出演時間は他のキャラと比べても明らかに一番長く、彼の出ている場面を追いかけてストーリーが描かれていることから見ても、彼が主人公であることは疑いようがないのです。S1の脚本と異なってみえる一番の理由はやはり、ミステリーの手法を用いてシナリオが書かれていた為に、春田の内面を意図的に隠したままストーリーが進行していった、ということに尽きるのではないでしょうか。
6.武蔵エンドへの流れは、本当に突然だったのか
さてここまでS1と今作の最大の違いは、その内容が不足していたというよりは、脚本スタイルの違いによるものだという事を検証してきました。最後は「黒澤武蔵とのエンディング」の描かれ方ついて、少し考察してみましょう。
まず、黒澤武蔵と春田創一が結ばれるエンディングに向けて、二人の関係は十分に描写されていたと言えるでしょうか?
それはイエスであり、ノーでもあります。
繰り返し述べた通り、春田の内面をモノローグで明かさないゆえに、彼の心が黒澤へ向かう過程が非常に分かりにくくなっているのは確かです。そのため7話で武蔵が過激なファンに襲われた際、春田が過剰反応したシーンには、急速な方向転換を感じたかもしれません。
しかしドラマを丁寧に振り返ってみると、春田は第1話で既に武蔵へ憧れを抱いて入社したことが語られ、2人きりのシーンではまさかの居眠りをしています。つまり最初から春田は、武蔵との関係に父親のような安心感を感じているのです。何か悩み事や事件が起きるたびに、信頼して相談する相手は、ほぼ武蔵になっています(その次に相談するのが烏丸か根古さんのどちらかですが、烏丸に対してはやや胡散臭さも感じている)。
また2話では武蔵を自分の寮(自分の生活テリトリー)に招こうとしており、4話では何故か3話で誘っていなかった四宮の誕生日に、わざわざ武蔵を誘っています。つまりデートこそしていませんが、2度もプライベートな空間に武蔵を誘っています。これは即ち「武蔵が自分の傍にいてくれることを無意識に望んでいる」、という表現にも受け取れます。
なお武蔵は都合3回(2話、4話、7話)告白し、3回とも春田から断られています。この事実だけに注目すると、春田は最終回の8話まで黒澤に恋愛感情はないように思えます。
けれども注意深くそのシーンを見比べてみると、春田の返答が戸惑い気味なお断り(3話)→申し訳ないお断り(4話)→柔らかい拒絶(涙つき・7話)と緩やかに変化し、彼の心が黒澤の愛を次第に意識してゆく過程が表現されているのです(田中圭さんの繊細な演技必見!)。ただモノローグが全く入らなかったため、その心の変化は最終回を観た後でなければほとんど気が付かないような演出になっています。
さらに注目したいのは3話~4話で娘を理由に、武蔵を恋のレースからわざと脱落させた事です。今作の脚本では4話以降ラストまで、武蔵には表向きメインキャラの相談役、メンター(導師)としての立ち位置を与えています。
これは視聴者に武蔵が恋愛の対象者ではないと思い込ませる、優秀なミスリードの一つでした。ですがこのミスリードが優秀すぎたゆえに、S1の黒澤武蔵と比べて父性が前面に出たキャラクターとなってしまい、最終回では「お父さん的な人だと思っていた相手が、急に恋愛対象になって戸惑う」という視聴者の違和感にもつながってしまいました。
もしこの脚本がミステリーの手法ではなく、S1のような王道恋愛ドラマの手法で描かれていれば、この違和感が解消されたことは間違いありません。例えば武蔵、春田、成瀬で三角関係を描き、四宮は前作の武川主任と同じくらいのポジションであったとすれば、もっと武蔵とのエンドに好意的な意見が寄せられたのではないでしょうか?
例えば父親との確執から年上の男性に憧れを抱きやすい成瀬が、上司である武蔵に恋心を抱くのは自然ですし、四宮に割かれていたエピソードを黒澤から春田、春田から成瀬への恋愛描写に充てていれば、もっと恋愛ドラマとして大きな盛り上がりをみせた最終回を迎えられたかもしれません。
しかしS1と同じ手法で「おっさんずラブ in the sky」という作品を描く事に、意味はあるでしょうか?既に前作で描くべきことをやり尽くしたと語っていたおっさんずラブチームならば、今作は新たなる挑戦を選んだとしても不思議はありません。否、新しい挑戦だからこそ、もう一度「おっさんずラブ」をやる価値があったのではないでしょうか?
そしてその挑戦は、間違いなく成功したと言えるでしょう。今作は先の読めないミステリーの中毒的な面白さと、ドキュメンタリーのような恋愛のときめきを併せ持つ、全く新しいタイプのドラマとなりました。ミステリー風味の恋愛ドラマという新ジャンルを切り開いた、と言っても過言ではありません。
7.おわりに
長々と述べてきました本論ですが、最後に今作の終わり方についても触れておきましょう。
今作で新たに追加された成瀬竜と四宮要は、第一にミスリードを促す為のキャラクターでしたが、同時に傑出した魅力を持つキャラクターでもあり、彼らが多くの人に深く愛された事は疑いようのない事実です。
筆者は四宮要というキャラクターを偏愛し、ストーリーが完結した今も公式では叶わなかった、春田創一とのエンディングにしばしば思いを馳せております。今作は単発やS1のような完全無欠のハッピーエンドではなく、あえて武蔵と春田を「愛のスタートラインに並んだばかり」「ここからはじまる」カップルとして描き、本編終了後に多くの余白、未来への可能性を残しました。どのキャラクターを愛した視聴者にも、僅かな希望を断ち切らないで終らせたという事が、本作の魅力をより高めているのではないかと思います。
見終えた後に、誰かと語り合いたくなる・・「おっさんずラブ in the sky」は、観た者の心を何度でも恋の乱気流へ誘う名作ドラマです。
(了)