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#19 商売からビジネスゲームへ、金融商品化するD2C業界

カタログ通販時代のクローズドチャネル

1970〜80年代の日本では、通販といえば「カタログ通販」が主流で、企業はカタログを顧客の家庭に郵送し、電話や郵送で注文を受けていました。当時のカタログ通販は「訪問販売」にも似た感覚で顧客に特別感を与え、カスタマーサポートに注力することで信頼関係を築くスタイルが特徴でした。顧客にとってこのカタログは特別な「アクセス権」として認識され、そこに「クローズド」な特別感が存在していました。顧客接点はカタログと電話に限られていたため、企業はこの窓口で密なコミュニケーションをとり、顧客との関係を大切にしていました。商品の購入は単なる取引ではなく、一種のブランド体験とも言えるものでした。

ECとD2Cの誕生:オープンチャネルとデータドリブン経営

2000年代に入り、インターネットの普及によって通販業界は大きな変革を迎えます。EC(電子商取引)の台頭により、顧客は24時間いつでも自由に商品にアクセスできる「オープンチャネル」が広がり、カタログやテレビショッピングに依存する必要がなくなりました。この結果、通販における「特別感」は次第に薄れ、誰もがオンラインで比較・検討しながら購入を決定できる時代が到来しました。

2010年代には、SNSやデジタル広告を活用した「D2C(Direct to Consumer)」という新しいビジネスモデルが登場します。D2Cブランドは自社ECやSNSを活用して顧客と直接つながり、データを収集しながらマーケティングや製品開発に生かす「データドリブン経営」を実践するようになりました。オープンチャネルとデータドリブン経営の融合により、D2Cは個別の店舗や流通業者を介さない、効率的なビジネスモデルとして急成長していきます。

金融商品としてのD2C:リスク管理と投資対象化

デジタル化の進展に伴い、D2Cはデータドリブンな経営を基盤とし、収益や顧客の行動データを精緻に管理することで、収益の見込みやすい「金融商品」としての側面を強めています。D2Cは、LTV(ライフタイムバリュー)や広告ROI(投資対効果)などをもとに収益予測が可能なため、安定したリターンが期待できる投資対象として金融業界や投資ファンドからの注目を集めています。実際、D2Cブランドの多くは、商品そのものの個性よりも収益性と効率化を重視しているため、ビジネスモデルの標準化が進み、収益パターンも均一化される傾向にあります。太陽光発電やワンルームマンションのように、リスクが管理しやすい個人向け投資商品の一つとして捉えられるようになったD2Cには、これを追い風にして新規参入者が続出し、業界の競争も激化しています。

ビジネスの均一化とゲーム化:D2Cの「ビジネスゲーム」的要素

D2C業界は、投資対象としての均一性と収益効率を追求する中で、企業ごとの違いが薄まり、事業運営が「ビジネスゲーム」化しているのが特徴です。多くのD2Cブランドは、デジタル広告でROIを最大化し、データ分析に基づいた事業運営に注力しており、個別のブランド体験よりも収益の最大化が優先されています。収益性をシミュレーションしながら短期間で効率的な成長を追求する姿勢は、不動産や金融商品の運用と類似しており、D2Cが「ビジネスゲーム」に近い様相を呈しているといえます。

このような動きは、キューサイ、DHC、ファンケルといった大手D2C企業のM&A事例にも表れています。近年、投資ファンドや金融業界、大手上場企業がD2Cブランドの買収や再編を積極的に進めており、収益性を重視した事業効率化が加速しています。たとえば、DHCはオリックスによる買収、ファンケルはキリンによる資本提携を受け、キューサイは日本産業パートナーズを経てユーグレナの傘下に入りました。これらの再編により、D2Cブランドの運営はさらに標準化され、投資ファンドや大手企業にとっての「資産運用のポートフォリオ」としての側面が強まっています。

今後のD2C業界の展望

今後、D2C業界はさらにデータドリブン経営を強化し、効率性や収益性を高める方向に進むと考えられます。一方で、D2Cが金融商品化することでブランドの独自性が失われる懸念も高まっており、消費者との関係性やブランド体験の希薄化が課題となるでしょう。そのため、差別化やブランディングの重要性が再認識され、単なるデータに基づく効率化だけでなく、消費者との共感を呼ぶブランド戦略が今後の成長を左右するカギになると予想されます。


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