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予定日まで2か月を切った、今の心境。

なんだか最近、道端や店で見かける赤ちゃんや子どもを、以前にも増して無意識で目で追ってしまうようになったな、と気づいた。

職業病の一種なのか、以前からわたしは就学前や小学生の子どもたちを見かけると、ついつい「ああ、あの子は4歳くらいかな」「あの子は高学年だろうな」なんて瞬時かつ無意識に、年の頃を予想してしまう癖があった。

自分に娘ができるとわかってからは、さらにそこに様々な感情がよぎるようになった。

わあ、よく眠っていて可愛い赤ちゃん、何か月くらいなのかな。
あの子、こんがり日焼けして活発そうな子だな、外遊びが好きなのかな。
手に持ったぬいぐるみは、お気に入りなんだろうか。
うちの子も、あんな感じになるんだろうか。
どんな子に成長するのかな。

まあるく膨らんだお腹に目をやりつつ、どの子も自分の子と結びついてしまって、なんとも微笑ましいような、愛おしいような言い表しようのないほんわりとした柔らかな気持ちになってしまう。

けれど、我が子に会うこと、母になることが楽しみである一方、そのくせ自分が産むのだ、という実感は依然として薄いままで、このままで時間が進んで欲しくない気持ちもある。

後期妊婦と言われる週数になって買った雑誌の「陣痛が起こってからの出産の流れ」「入院グッズ」といったページ。
Youtubeでおすすめに表示される「出産レポ」といった生々しい動画。

あと少しで迎えるであろうリアルな現実に関しては、まだ時間がある、もうちょっと直前になったら見よう、とそれらから目を背け続けている日々である。

今でさえ、お腹が圧迫されて苦しかったり、ぐっすり眠れなくなったりしているのに、まださらにここから変わっていく自分の身体も、ちゃんと自分がお母さんになれるのかも不安だ。

そして、あらゆる場面で自分がしたいことを気ままにやれている今の生活のカウントダウンが始まっていることをよぎらざるを得ない。 まだまだ、やりたいこと、やっておかなきゃいけないことは山積みであり、有意義に限られた「わたし時間」を謳歌しなければ、というじりじりした焦り。

お腹の子がこの世に生まれ出た瞬間から、わたしの生活も優先順位もぐるりと、何もかも、変わる。分かってはいるけれど、一言でいうとその変化もなんだかまだ、覚悟ができていない。

あと50日とちょっと。
早く会いたいなあと思う反面、予定日ぎりぎりまでお腹にいてね、という気持ち。

まだ、入院セットも準備していないし、家も片付いていないし、赤ちゃん用品も十分ではない。環境も、心もこれから、ちょっとずつちょっとずつ準備していこうと思う。

#マタニティ #妊娠後期  

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