見出し画像

白い光

アパートの一室。8畳ほどの薄暗い部屋で、私は初対面の小柄な男と向き合っていた。二十代から四十代くらいか。男の手元には道具箱のようなものが見えた。
大丈夫、外はまだ明るい。
男が口を開いた。
「どのようなご相談ですか」
私は背筋を伸ばした。
「忘れたい人がいます」
男は頷いた。悪い人には見えない。私は続けた。
「彼女は友人でした。もう会うことはありません。でも、未だに嫌な気分になります」
「嫌な気分とは?」
咄嗟に言葉が浮かんだ。
「あいつさえいなければ」
お腹に力が入るのを感じた。他に言葉が出ない。
男は道具箱から黒い布を出し、掌に被せると私の方へ差し出した。
「あなたの髪の毛を一本ください」
私は面食らいながらも髪を一本抜き、黒い布に置いた。
男は布で髪の毛を包むと、透明の小箱に入れた。道具箱から直径10センチ程のライトを取り出す。30センチ程離して、小箱に白い光を照射した。
「どう見えます?」
男の問いに小箱を見た。赤く発光していた。
「赤いです」
「赤は興奮を意味します。怒っていますね」
男は私にゆっくり呼吸するよう促した。お腹が熱い。目を閉じて呼吸に集中した。
何分経っただろう。目を開けるよう声がかかった。
男は小箱に光を向けた。
「今は、どのように見えますか」
「灰色です」
「灰色は、寂しさです」
聞いた瞬間、涙がこぼれ落ちた。胸から上、鎖骨の辺りが苦しい。自分の変化に驚く。嗚咽が込み上げる。声を上げて泣いた。
男に渡されたティッシュで鼻をかんだ。呼吸する。目眩がした。
男は指を組んだ。
「今のがあなたの寂しさです」
再び箱が照らされた。私は瞬きをし、深呼吸した。小箱は白く輝いていた。
「白」
男は私の顔を見てにっこりと微笑んだ。
「これで終わりです。暫く様子を見てください」
嫌な感じはしなかった。私はお礼を言うと料金を支払い、部屋を出た。
住宅街を抜け、駅まで歩く。呼吸がしやすかった。
いつの間にか陽が傾き、空は橙に染まっていた。


「100人で書いた本~嘘篇~」www.amazon.co.jp/dp/B07RMCKLX1

より転載。

いいなと思ったら応援しよう!