音楽プロデューサーという仕事について
僕は音楽プロデューサーという肩書きでフィロソフィーのダンス、寺嶋由芙、mainamind, CIRGO GRINCOのプロデュースをしてきました。ですが、この音楽プロデュサーという仕事の内容は特に日本では曖昧です。特に日本では欧米とは違う進化をしたのでよりどんな仕事か分かりづらくなっています。実際にところどんな仕事をしているのか書いてみたいと思います。
なぜ日本は音楽業界ではプロデューサーという存在が曖昧かと言うとレコード会社にディレクター(あるいはA&R)と呼ばれるそのアーティスト担当の社員がいて、その人間がクリエイティブから予算&進行の管理をするのでプロデューサーというのは居なくても基本的に音楽制作は出来るシステムになって居ます。逆に欧米のCDのクレジットにディレクターという表記はまずありません。
欧米のプロデューサーの自伝(トッド・ラングレン、トニー・ヴィスコンティー、グリン・ジョーンズ)でもレコード会社の人間はほぼ出てきません。基本的に制作の現場にレコード会社に人間は70年代以降は立ち合わなくなっていったようです。(ビートルズのプロデューサーのジョージ・マーティンは最初はEMIの社員でしたがビートルズがブレイク後フリーになりました)そのためレコーディングの現場を仕切ってくれる人が必要になりプロデューサーが必要になりました。なのでレコーディングを現場経験を積んだエンジニアがプロデューサーになっていく場合が多くなりました(日本はレコード会社のディレクターがいるのでエンジニアがプロデューサーになるケースはほとんどありません)
以前、あるマネージメントでエンジニアがディレクターも兼ねているというケースがありました。業務が多すぎて死にそうになっていて、これはさすがに無理だと思った事があります。
では、なぜ日本の音楽業界でもプロデューサーが必要とされるかというと、まず楽曲制作の過程でアーティスト、ディレクター、エンジニア以外にアイディアをで出してくれるスタッフが欲しいという場合です。次にレコーディングの現場だけではなく作編曲、アレンジ、ビジュアル、マーケティグといった本来、分業化されている業務を横断してクリエィテイブなアイデアを持つスタッフが欲しいとされる場合です。
前者で有名なのはBOφWY,GLAY,JUDY&MARYをはじめ多くのバンドを手がけた故佐久間正英さんだと思います。彼はレコーディング・スタジオでバンドのメンバーに機材のチョイス、演奏法、アレンジ、サウンド・プロダクションについてアイディアを出してレコーディングを進めて行きます(歌詞についてのディレクションがどの程度あったかは不明です)写真のビートルズにおけるジョージ・マーティンのような欧米でのプロデュサーの立場だと思います。
僕は佐久間さんとはお仕事したことはないのですがムーンライダーズの白井良明さんにFREEBOというバンドのプロデュースをお願いした事があります。作業としては、まずは一緒にバンドとリハーサルのスタジオに入ってもらいアレンジした曲を聞きアドバイス。スタジオでは楽器のダビングのアイディアを出してもらいました。その結果、自分たちだけでレコーディングした音源よりもかなり洗練された音源になったと思います。
音的に洗練されるのはもちろんなのですがキャリアのないバンド・メンバーだけのレコーディングだとメンバーも自信がないので、これで正解なのか? このテイクでOKを出して良いのか?という判断がつかず時間だけが無為に過ぎていきメンバー同士も険悪になるという事もあるのですが、これも経験値のあるプロデューサーが判断してくれればスムースの進むというのがあります。
近田春夫さんにFUSEというバンドのプロデュースをお願いした時は「バンドのレコーディングは料理で言えば炒め物だから強火でさっと炒めれば良い」というポリシーのもとメンバーが迷う間も無く、勢いがあるテイクをサクサク選んで作業を進めたように思います。
ソロ・アーティストのプロデュサーといえば椎名林檎、平井堅、JUJUなど担当した亀田誠治さんが代表格だと思います。彼は基本的にはアレンジャーという立場になると思いますが、アレンジャーは編曲をしてバック・トラックのレコーディングが仕切りますが、立場として歌入れ、ミックスダウン、マスタリングといった工程にはマストで関わらなければならないという事はありません。来なくて良いですと言われたら従うしかない立場です。
メロディーや歌詞に意見を言うのも関係性がなければ越権行為ですね。
ですが亀田さんは作詞、作曲の過程、オケのレコーディングから歌いれ、ミックス、マスタリングまでレコーディングの工程全てに関わります(関わってプロデューサーとして意見を言える立場になれるとも言えます)
欧米ではマイケル・ジャクソン等のプロデュサーであるクィンシー・ジョーンズやデビット・フォスターが近いかもしれません。
同様にアレンジャーとしての側面が強いプロデュサーとしては小林武史さん、蔦谷好位置さんがいると思います。
以上は欧米におけるプロデューサー的な仕事をしている方だと思います。
それでは日本的なプロデューサーを見ていきましょう。
秋元康さんも様々なアイドル等のプロデュサーとしてクレジットされていますが、あれだけの数の楽曲を作っていて全てのスタジオに居るとは現実的には思えません。彼のプロデュースは基本的にグループのコンセプトとマーケティングを考え、メンバーをオーディション、コンペの募集で集まった曲を選ぶ事、歌詞を書く事だと思います。
なので音楽的な部分はチェックはしても、ある程度信頼できるスタッフに任せているのではないでしょうか。
つんく♂さんと小室哲哉さんは作詞、作詞、編曲、そのレコーディング、コンセプト、ビジュアル、マネージメントまで関わり、ヒットを集中して数多く出した事はデジタル・レコーディングやネットがそれほど発達していない時期だと考えると驚異的です。こんなプロデューサーは海外でもいないと思います。
時々、サウンド・プロデュースというクレジットを見かける事がありますが、これも日本独自の物です。この人はアレンジ、サウンド・メイクは担当しているけれど、他の事はレコード会社がやっていますという意味になり、言い換えれば全面的にはお任せしていません、という意味にもなります。
僕の場合はどうでしょうか。
まず、CIRGO GRINCOの場合だと僕の役目は作品のアイディアやコンセプトを考え,予算を立てて会社に申請し承諾を得られたら、それを元に詞、作曲、編曲、演奏等のスタッフィングをして発注をします。スケジュールを調整しスタジオ、エンジニアを抑え、レコーディングの現場を仕切ります。ビジュアル、ビデオ、マーケティング、ライブの戦略(物販の商品まで)など同時進行で考えます。
音楽プロデューサーからクリエイティブ・ディレクター、マネージメントまで担当しています。2019年までのフィロソフィーのダンスも同様です。なので正式なクレジットはトータル・プロデュース&クリエイティブ・ディレクションだと思っています。
mainamindは彼女はアイドルというより自分でやりたい事のイメージがあるので、彼女のアイディア、あるいはデモを基にして、それを具現化していくのが仕事です。ビジュアル、マーケティング等に関しては本人、スタッフとの合議制になります。
寺嶋由芙ちゃんは楽曲のアイデア、コンセプトを僕発信で提案し、受け入れてもらえれば、それに合わせて楽曲を発注し、レコーディングの現場を仕切ります。ビジュアルとマーケティングに関してはテイチクのスタッフを信用しているので提案があればしますが基本的には任せています。
全部自分で考えて進めていくのも楽しいですが、自分だけでは良し悪しの判断がつかなくなり自家中毒気味になるので、他のスタッフのアイデアを反映してプロジェクトを進めるのもチーム感を感じられて楽しかったりします。
様々なクリエイティブやマーケティングに対して多くの知識やセンスが音楽プロデューサーには必要なのですが、この中でも一番必要なのは、その曲が売れるかどうか見極められる能力だと思っています。
自分の関わった経験値でいうと初めてウルフルズの「ガッツだぜ」のデモ、ナンンバーガールの「透明少女」のデモを聞いた時、この曲は化ける!と思いました。フジファブリックの「若者のすべて」氣志團の「ワンナイト・カーニバル」スーパーバタードッグの「サヨナラCOLOR」相対性理論の「ラブずっきゅん」を初めて聞いた時、これは名曲だと思いました。
スタッフではありませんが椎名林檎もデビュー曲「幸福論」は当時、全くチャートにも入らず業界でも特に騒がれていなかったように思います。
ですが僕は、これはとんでもない曲だと思い当時取り憑かれたように繰り返し聞きました。
一つ外れたのはクリトリック・リスの「バンドマンの女」これはすごい曲だと思ったんですがヒットする兆しは生まれなかったですね。
ヒット曲が生まれる構造や制作の環境がここ3年でガラッと変わってしまい、プロデュサーの役割も変わって来ていると思いますが「名曲」を作るというこの1点だけは変わらないのではないでしょうか。
今回もお読みいただきありがとございました。