三時間目
前回のあらすじ、というか最近の6歳の説明として
うちの六歳は長い夏が終わりやっと秋らしくなったなぁと思ったらたちまち冬がきて十一月、六歳は元気すぎるくらい元気な同級生の揃う教室の『大きな音』が怖いと、学校に行き渋るようになり、朝起きて、朝食を食べて着替え、さあじゃあ学校に行きましょうかという段になってから玄関で座り込み
「行きたくない」
「いや行こうや」
「行かない」
「断言か」
という母子の攻防が続いている。
これが幼稚園児の頃なら抱っこしてなんとか、ということもできたのだけれど、この六歳児、普段ものすごく偏食のくせに、身長はすくすく伸びて現在120㎝、体重もそれに合わせて20㎏とすこし。
クラスでの背丈の順は真ん中よりもやや後ろの方。そして心臓にそう軽くない病気があって、通学には電動車椅子を使っていて、医療用酸素は二十四時間必要だし、わたしが付き添いとして運ぶランドセルは結構重いし替えの酸素ボンベはもっと重い。その体躯と装備の人に「いかない」と座り込みをされると、とても中年女性一人の、即ちわたし一人の力では学校まで運べない。
だからこの朝の「行かない」「まあそう言わないで」の攻防がとにかく大変で、こっちもちょっと「まあ…それなら…」とくじけそうになるし、強く言いすぎると泣くし、泣いたら途端にSPO2は下がるし、そうなるとびっくりするくらい顔色が悪くなるし。
そもそも学校とは教育とはそこから生まれる知恵とは、それは突き詰めると人間の幸福のためにあるのではないの、しかし今この子は幸福とは違う場所にある、そんなパラドクスが産まれて、毎朝玄関でわたしは幸福について考える羽目になる。
あれ、学校って、何のためにあるのでしたっけ。
そんな日常を過ごしているもので、六歳のかかりつけ病院の一ヶ月に一回の予約が入っている今日は気持ちがすこしだけ楽だった、朝、大っぴらに遅刻して行けるから。
さらにこの日の三時間目の時間は、特別支援学級で算数を勉強するらしく、普段は一緒に授業を受けていない、別の特別支援学級(六歳の学校には七つの特別支援学級があって、それはそこに在籍する子どもたちの支援の種類によって分かれている、六歳がいま在籍しているのは病弱児・虚弱児学級)のお友達が来て一緒に授業を受けて、授業が終わったら一緒に遊ぶのだそう。
ヨソがどうなのかはよく知らないけれど、六歳の特別支援学級では先生と生徒がほぼ一対一で授業をしているため、授業の進みも子どもの理解も終了も普通級よりやや早い、それで余った時間にちょっと休んだり、皆で遊んだりしているらしい。特に六歳の学級の子ども達は皆年相応の体力の持ち合わせがなく、皆とても疲れやすい、休むことも六歳達の大切な授業のひとつ。
それでこの日の三時目には、同じ一年生の別の支援学級の子と授業を受けた後に、一緒にアイロンビーズを作るのだと言って意気揚々、六歳はまず朝一番に病院に出発したのだった。
九時、外来開始時間直後の大学病院は既に受診を待つ人達がぎゅっと詰め込まれていて、そこは病院なのだから仕様がないと言えばそうなのだけれど、世界にはホントウにうちの子も含めて病気の人が多いなぁと思う。慢性疾患や大病を背負った人生というのを、わたしはまだ経験したことがない。でもこれまでの経験則からこれだけは分かる。
兎角、病気は嫌なもの。
六歳は、先天性疾患、病気であることがデフォルトで、ついでに出来得る限りすべての積極的治療を三歳の段階で既に終えている。だからもうこのまま根治も改善もしない、それで
―これからじわじわやってくる状態の悪化を可能な限り緩慢に、先延ばしにしてゆきましょう
ということをまずは今後の治療の目標にしている。毎月病院に行ってしている事と言えば、血液検査と問診、それから生後三ヶ月の頃から今までずっと主治医であるところの主治医とのお喋りという名の問診など。
採血のために処置室に呼ばれるまでに長くて一時間
採血から血液検査の結果まで一時間
診察室に呼ばれる時間は時の運
会計までにはまた十数分。
大学病院は「予約」が「予約」の意味を持たない世界なので、予約時間きっちりに行ったとして一診療科の検査受診会計は全部終えたら半日仕事、主治医が病棟に呼ばれるとさらに時間がかかる。小児科に集う子どもらそれぞれの抱える難病を診療できる専門医は皆の、日本の宝であるのでそんなことに文句を言ってはいけない、緊急中の緊急の子のみがファストパスを持つ。
それが当たり前なのなのだけれど、この日は六歳が
(勝手知ったる)
という風情でひとり、処置室に入って採血を済ませ、小さなご褒美シールを握りしめてわたしの元に戻って来た時、背後の看護師さんが笑顔でこうおっしゃった。
「三時間目に間に合いたいんよね!」
どうやら六歳は採血の前、毎月採血で顔を合わせる看護師さんとの世間話の中で、今日は三時間目におたのしみがあるのだと、話したらしい。
採血時、看護師さんと世間話をする、それがプロ疾患児、もうすぐプロ歴丸七年。
「えへへそうなんですよう、最近はどうにも学校にいきたがらないんですけど、今日は特別みたいで」
わたしが看護師さんの言葉にそのように答え、それから採血の結果を小一時間待って、それから呼ばれた診察室でも主治医は開口一番に
「今から三時間目間に合うか?」
そのようにおっしゃる。どうやら看護師から伝達があったらしい。
「ウーン…まあぎりぎりってとこです」
と答え、腎臓の数値がちょっと悪いな、などという話を聞いて(原因は経口からの水分不足)、それからまた暫く待って処方箋予約票もろもろを受け取った小児科受付でも、いつもお世話になっているレセプト担当のマダムから
「どう?三時間目間に合いそう?」
と念を押されてわたしは
「あとは私の脚力次第です!」
このように答えた。
ここまで処置室、中央検査部、主治医、レセプト担当、その他わたしの知らない各担当者、それぞれの皆さんがまさか本気で「巻き」を入れてくれたのかどうかは不明ではあるものの、とにかく「三時間目ね!」と会う人皆に気にされて、普段よりも随分と早く検査診察会計を終えたわたしは、帰り道に二度ある上り坂を駆け上がってまた駆け下りて、そうして学校到着は十一時十分、三時間目の終了時刻は十一時二十五分なので、ギリ間に合った。
間に合いましたよ、関係各所。
そうしてまたこの日の十四時すぎ、六歳を迎えに学校へゆくと、この日もクラスは、元気印のみんなたちが相変わらず元気でやや荒れ模様だったということだけれど、六歳はまあまあいつも通り、『普通』って顔をして「泣かなかったよ」とのことで、これは
「三時間目ね、間に合わせるからね!」
という病院の皆様の、優しい後押しが効いたのかもしれない。
とは言え明日もまた朝になれば「行かへん」「行こうや」「行かへん」「行こうよッ!」という玄関での攻防はまだまだ続く(多分)、それでも時折、こういう日もあるよということで。