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2学期。

2学期が始まった。

夏休みを終えた小学1年生は、学校に「いかへん」と泣いたりすることもなく、毎日母の私を従えて電動車椅子で意気揚々、学校に通っているのだけれど、小児用の車椅子って小さいので、背もたれに酸素ボンベを引っかけただけで積載量が限度いっぱいになる。お陰で1年生になる孫にと私の母が買ってくれたランドセルは私が背負っている、46歳なのに。

ヒッチキャリアが欲しい、あのランドクルーザーとかの、四駆のお尻にくっつけて荷物を運べる格好いいアレ。

それはおいおい考えるとして、新学期から看護師さんの勤務時間が少し変わった。1学期の頃から少し午後の時間が1時間短くなり、そして午前の出勤時間がこころもち長くなった。

しかしそれを保護者の私も、6歳さんの、ここではウッチャンと呼んでいる人の支援級の担任の先生も知らなくて「なぜ看護師さんは昼休みが終ると帰っているのだろう」と困惑した9月の最初。

学校看護師さんというのは、保護者(この場合私)の希望と要請により、教育委員会が募集し雇用し要請のあった子どもの小学校に派遣しているので、発注者と管理者と派遣先の管理者がぜんぶ別になる。すると報告とか連絡とか相談がどうも上手くいかない。三権が分立しているという意味ではいいのか、しかし地域の市立小と市教委って管理部門と実働部門とか、そういう関係ではないのですかね。

「この三機関の間でのホウレンソウって、結構難しいものですね」

このようにウッチャンの支援級の担任の先生と話していたら、丁度お手洗いを終えて手を洗っていたウッチャンがものすごく嫌そうな顔をしていた。

「あたし、ホウレンソウきらい」

あ、そっちじゃないほうです。

ともかく担任の先生の方から教育委員会に「看護師さんの勤務時間の変更があったのか否か」を確認してくださるとのことでこの日は下校し、翌日真相がわかるだろうと思いながら登校したら、今度は担任の先生がお休みだった。

ウッチャンの支援級の担任の先生は小さなお子さんがいるので、お子さんがお熱だ風邪だ、それが更に上の子にうつりましたなんてことで、お休みすることがままある。高校生の一番上の子も夏休み前「古典の先生が子どもの発熱により休みだった」ということで、高校生らは「子どもの熱はしゃあないよな…」と口々に言い、自習時間となった古典の時間にせっせと早弁をしていたそう、自習をせえ自習を。

そう、子どもの病気はしゃあない。

ということで私は普段、ウッチャンを学校に送り1時間目の始まりを見届けたら、朝の会議や打ち合わせを終えて各担当生徒の元にやってくる支援級の担任の先生にウッチャンを引き継ぐのだけれど、この日は2限目もそのまま残った、だって2限目体育だし。

ウッチャンの体育。

やろうと思えば大体のことはできるのだけれど、本来の循環機能的には、泳ぐとか、躍るとか鉄棒とか縄跳びとか?そういうことを同じ年頃のお友達と同じ分量、時間、こなす事は循環機能的にはまず不可能。しかし身体能力的にそれが可能であるウッチャンは、何よりも常に気持ちが前のめりだったりするので、それが一体可か不可なのかの判断が難しい。これは親としても

「小学校低学年の今が人生で一番元気なのかもしれないのだし、アウトラインぎりぎりを攻める感じでなんでもやらせてあげたいものだ」

という気持ちでいるもので、体育の時間は「最初から全部見学というのは止めて、ちょっとやってみて息切れしたり足がもつれたりしたら休憩」というスタイルにしている。

けれどその「今!疲れている!ハイ無理!」という見極めが難しい、まさに匠の技。そんなもん本人に聞けばええやんけと思うかもしれないが、そもそもウッチャンのようなまだ年端もゆかない子どもは自分の体に対して客観性というものをあまり持ってない、ついでに病識も然程ない。

「自分は心臓病」と言葉の上では理解している、でもそれが他の子とどう違うのかがわかっていないのだ。

ラジオ体操第一をひと通りやり切った時にぜえぜえと息切れする小学1年生はあまりいない気がするけれど、本人は「え、みんなそうなんじゃないの?」と思っているし、2階まで階段を駆け上がって、酷い息切れを起こさないということが一体どういうことなのかわからない。動けばぜえぜえいうのが普通なんだから、ぜえぜえ言うといたらええやんかと思っている(多分)。こういう人類を野放しにすると、早晩心不全を起こす。そんな訳で付き添いを延長した2時間目の体育、この日は跳び箱だった。

とびばこ、令和の今もまだ生きていたのかおまえ。

「今日は1段だけ使って、踏切板、飛び場、マットにぴょん、ぴょん、ぴょんと元気に飛びますよう」と指導する先生を仰ぎ見ながらウッチャンは「はーい!」とたいへんいいお返事、目をきらきらと輝かせていた。

まじか。ママは跳び箱なんか大嫌いだったのに。運動苦手民がみな踏む踏み絵であり、恥辱の箱であるアイツ。踏切板の踏み込みがどうにも甘く、背丈がそこそこある癖に3段も碌に飛べず、クラスの笑いものになったあの日の哀しい記憶。

しかしどんなにいいお返事をしていてもウッチャンは、体幹がゆるゆるというかよろよろの筋力不足児童。親の私に酸素ボンベを持たせ、踏み切り版の前まで軽く駆け足をしていざ

ぴょん(踏切版で踏み切れてない)
ぴょん(かろうじて跳び箱のフチに乗っかる)
ぴょん(マットぎりぎりに降りる)
ぴょん(なんか一回多いぞ)

細かいことは書かないけれど、とにかく着地のポーズと笑顔だけは素晴らしかった。

その後皆が跳び箱の列に並んでは飛び、並んでは飛びを繰り返している中、ウッチャンは時間の半分程でふらついてきたのでリタイアした。足がもつれているのは筋肉に疲れが出ている証拠だ。低酸素状態のウッチャンの筋肉の疲労は早い、全身運動はできて5分、ウルトラマンといい勝負。

予定外の体育付き添いではあったけれど、初めての跳び箱は小学校では課題だったし、現場に居てよかった。

ところで1年生は体育の後、跳び箱も踏切版もマットもみんなで協力して倉庫に仕舞う。例によってウッチャンが「あたしも持つ」と言って聞かなくて仲間に入れてもらった跳び箱運び。一緒に長方形の木の箱を持っていたのは、クラスの小柄な女子2人と背丈はそれなりにあるけれどひ弱なウッチャンと、あとはクラスで一番大きな男の子で、その男の子は

「バブちゃん達は、ちょっと持っとけばええんですよォ」

と、オメーら赤んぼの如きチビは手なんか添えるだけでええんやということを、おちょけて言っていた。「俺が一番でかくて力があんねんから、俺が持ったるから、背の小さい子やとか病気で力の弱い子は無理せんでええんや」とストレートに言えない1年生、照れなのか、かわいいか。

2時間目が終わり、出勤してきた看護師さんと合流。看護師さんに直接聞くと、勤務時間が変わったのは

「ちょっと調整しないと、収入の関係のアレが」

ということで、わかる、わかるます。我らどうにもこうにも家庭の事情でフルタイム勤務が難しい族には、ある水準を越えて働くと今度は逆に「いったい何のために働いているのか…」じっと手を見る羽目になることがあるのだ。はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざり。

「今年は色々調整がつかないんですけど、来年はもっと長く付き添えるようになると思います」

看護師さんはそのようにおっしゃって、こちらとしては本当に有難いことです。

ところで、私にも看護師さんにも、そして支援級の担任の先生にも皆、一様に子どもが複数名いる。そして皆同じように子どものいる日常をなんとかやりくりして仕事をしている。先生が突発的なお子さんの病気でお休みしている時、看護師さんが学校に到着するまでの間を私が付き添い、その後看護師さんが到着したら、娘を引き継いでいったん帰宅、5時間目が終れば私はまたお迎えに学校へ。

これ、教育員会は管理部門が変更事項をちゃんと学校に連絡をしてくれよとか、学校の支援級の方も、ひとり教師がかけたら一体体育で確実に補助と監督がいる要支援対象をどうするのか、管理職の方で決めておいてくださいよとか。思わない訳ではないのだけれど、現状はひとりが持ちきれなかったものを、他の誰かがちょっと持っておいて、沢山は持つことができない誰かがそれを手伝って、本来その持ち場にいる人が戻るのをみんなで待つという形で、日々をなんとか繋いでいる感じ。

あんまり何もかもが完璧で「24時間働けますとも!休み?なんだそれは」という人ばかりじゃなく、むしろ自分の体のこととか子ども病気とか親御さんの介護とか、色々と自分を完全に自由にできない人達が集まって「と、とりあえずできることから…」という風にひとつのことをやっていく方が世界は上手く回ったりはしないのか、しないか。

しかし、ともかくそれだと互いに「あたしばっかり大変で!」という風にはあんまりならなくて、その点はいい。

世界はなかなか調和しないし、整わないし、ひとり子の為にぴったりに誂えられた世界はないけれど、まずは持ちつ持たれつ、持ちつ持たれつ。


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きなこ
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