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弊・2024問題

真ん中の娘が通っている塾の送迎バスが、年度内に無くなるらしい。

らしいというは、娘の乗るバスルートはなくなるが別のルートは存続するためで、今後ルート調整をして、廃止したバスルート範囲の一部をカバーするという可能性が残っているから。ただ1路線が無くなるのは確定だそう。

「別ルートのバスは存続できそうなんですが、一番近隣を運行するルートは…アッあの2024年問題をご存知かと思いますが、バスの運転手を確保するのが難しくなりまして」

でもさ、2024年問題の定義は『働き方改革法案によりドライバーの労働時間に上限が課されることで生じる問題の総称』では。いつから学習塾のマイクロバスは長距離輸送トラックになったんや。働き方改革法案と、流通・運輸業界の人手不足問題が混同されている、あなたが社会の教科担当だったらお母さんちょっと心配よ。

しかしともかくも、世界は確実に閉塞し、これまであった当たり前は消えつつあるのだ。

「お話は分かりましたが、送迎バスという点で選んだ塾でもあるので、ルートを工夫するとかで何とかならないんですかねえ」

2024年問題の定義はともかくバスが無くなるのはちょっとと言う、私の返しに電話の向こうの先生の歯切れは悪かった。

「ルート調整はしますが…基本は送り迎えか自転車等での通塾にしていただくということで…アッ、退塾をご希望の場合はまた仰ってください」

そうして電話は切れた。なんぞそれ、中2の直前まで「K2でも登るんか?」という大荷物で通塾、せっせとお勉強させておいて「あ、別のとこ行きたければどうぞー」て、なんぼ私立高校の学費無償化が決まって公立高校の底がぼちぼち割れ始めているからと言って、目指す高校によってはまだまだ競争は苛烈だし、公立入試を勝ち抜くための内申点争いは、中2からが勝負どころでしょうがッ!まだッ、子どもが食べてるでしょうがッ!

ペンギンとカピバラと阿佐ヶ谷姉妹に似ているらしい外見に反して、割とカッとなりやすい私は一瞬、「電話かけなおして文句いうたろかな」と思ったものの、そもそも塾の先生という人々は子ども達の前では流々と話し冗談だってすごく面白いのに保護者には緊張して固まって「スンッ」となるタイプの人は少なくないし、そもそも先生だってあんな電話かけたくてかけた訳とちがうわな。それより今後のことを考えないと、田中邦衛になっている場合ではなかった。

電話で先生が言っていたように送迎バスが無くなると、真ん中の娘にはあと2つの通塾方法が残される。

①     自転車で通う(自力で通うということ)
②     保護者が送迎をする(だいたい車)

① 案を採択すると、夜遅くに中学生の娘が自転車で人もまばらな住宅街を帰宅することになる、それはちょっと嫌だ。仮に人影のない夜道で12、3歳の娘が局部まる出しのお兄さんだかおじさんだかに追いかけられでもしたら、それこそ母親の私は今すぐ猟銃の許可証を取りしかるのち散弾銃を手に入れて、そいつを探し、銃を片手に追いかけ回すと思う、八つ墓村案件や。

却下、娘を危ない目に会わせたくないし、犯罪はワリにあわない。となると車での送迎ということになる、けれどそれには大きな問題があった。

私は免許を持っていないのだ。

出身が北陸なので、地元に残る子なら大体高校卒業後すぐに取得する普通自動車免許、それを私は進学で関西に出て来てしまったがために取りそびれた。大学入学後、長い夏休みや春休みにでも取得したらよかったのかもしれないが、学生時代はとにかくお金がなかったし、社会人になってからは時間がなくて取りそびれてしまった。それでも結婚し、子どもを産んで「落ち着いたら取りに行こう」と思ってはいたのだ、思ってはいたんですよ、でも落ち着くことものないまま一番上の子は高校1年生になった。

(免許のない人生になるのか)

そのように思っていた時期が私にもありました。しかし時は来た、ここはひとつ免許を取ろう、そう決心した2024年の夏。

で、免許てこの状況でどないして取るん。

子どもが3人いるとしても、全員が就学しているのだからそう難しくないはずの免許取得ミッションが私にはまだちょっと難問で、まず時間がない。

そんなん現代人は大体そうなのかもしれないが、私の生活というのが毎日朝末っ子を学校に送り、1時間目の始め頃まで付き添ってから帰宅して14時過ぎにまた下校の付き添いで学校へ行かなくてはいけないというもので、校外学習や、プール授業の時は1日学校という日もある。放課後は習い事への送迎、そして定期の通院。末っ子は病気があって医療用酸素を使っているので、何をするにもどこに行くにも親が付き添いが必要になるのだ。

かような日々を過ごしている自分が、自動車教習所の授業を1日2コマ程度しかこなせないような身の上で、そしてそれがせいぜい週3、頑張ってあと1日、というペースで普通自動車免許(AT限定)は取れるのか、謎すぎる。それで私は集合知の泉に(Xですね)それを訊ねた。

「免許というのはどのくらいの期間で取得できるものでしょう」

すると、たちどころに回答がそれも沢山やってきた。大体は同じような年代の、よく似た生活をしている方からだった。いろいろ目も手も離せない子どもがあるのだけれど、それでもなんとかなりましよという方々の励ましとアドバイスが。

世界は大体において底なしに酷いのだけれど、時折こういう優しくてまっとうでそして無償の愛でしかないものを私に向けてくれる、DV彼氏のようだ。嘘です。皆さん本当にありがとう、びっくりする程優しい、big love。

いただいた意見の骨子は以下の通り。

学科はオンラインで学べるところが多いので、それがある校を選べ
夏休み期間中に学科を出来るだけこなせ
技能実習は学生さんがいなくなり予約が取りやすくなる秋以降が狙い目
路上教習は可能であれば夜も入れること(未経験だと実際の運転が怖い)
乗り放題プランがあるなら使うべき

ということで、まず私は集合知の教えに従い子どもらの夏休みの宿題の横で学科を学ぶことにした。

免許を取ろう、パンがないならケーキを食べたらいいじゃない、バスがないなら車を運転したらいいじゃない。

ところで、私のような病気のある子のいる親が「免許取ることにしたの」という話をすると、大体の人は「ああ、下のお子さん病気があるし、通院とか緊急の時に助かりますもんねえ」と仰る。それはそれで間違いはないのだけれど、今回の免許取得は9割方が真ん中の娘のため。

私はこの真ん中の娘に負い目がある。

酷く手のかかる末っ子を産んでから6年間、文字通りほったらかしにしてきた娘なのだ。実際、この真ん中の娘が小学1年生だった丁度今くらいの季節、下校時刻に酷い雨が降って、それで真ん中の娘がなかなか帰宅しないなあと思っていたら

「娘ちゃん、雨が怖いそうで玄関で泣いていたんです、お母さん迎えに来てもらえませんか」

当時の教頭先生からそのようにお電話を貰ったことがあった。そこで普通なら丁重に御礼を述べて即刻迎えにいくところを、私はその時「頑張って1人で帰ってくるように言ってください」と言って突き放したのだ、鬼か。

あの時は、退院したばかりの末っ子の状態がとても不安定で、とても大雨の中抱いて外に連れ出せるような状況ではなくて、さりとて「じゃあちょっと行ってくるから待っててねえ」と家に置いて行くこともできず、結局真ん中の娘は途中まで教頭先生に付き添われ、そしてその後たまたまそこを通りかかったお友達のママに連れられて帰宅したのだった。当の本人は「ええーそんなことあった?」と笑っているけれど。

あの時、本当に悪いことしたな、可哀想だったな、申し訳なかったなとずっと思っているんだお母さんは。

だから今回、中学生の君はちゃんと、お母さんが車で迎えに行くから。


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