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いとこ顔

わかりやすく誰かに似ているという訳でもないのだけれど、何となく自分のまわりの誰かに似ている。

そういう容姿というか顔面を「イトコ顔」と言うらしい、親戚にかならずひとりはいそうな、そんな顔。

それはまさに私の顔のことだ。

かつて初対面の人から「あたしのイトコに似てる」と言われたことが何度もあるし、道で会った全く知らないおばあちゃんに「さっちゃん!あんた今まで一体どうしてたん」といきなり抱き着かれたこともある。勿論私はさっちゃんじゃないし、なんだか事情もありそうだったので「あのう…お人違いです」とお伝えしたら、先方も驚きと往来で思い切り人違いをしてしまった恥ずかしさから、パッと体を話して「エッ!ヤダ、ほな誰なん」と聞かれてしまってちょっと困った。そんなこと言われても。

この前も所用で近くのセブンイレブンに行ったら、丁度そこの店の前に自転車を停め、お母さんと店内に入ろうとしていた女の子が。

「あ、みっちゃんのママ!」

と言ってにこにことを私に手を振ってくれたので、私は実のところ貴方の言うところの「みっちゃんのママ」ではないのだけれど、あんまり嬉しそうにこちらに手を振ってくれているし、違うでと言って恥ずかしい気持ちにさせてしまうのも、落胆させてしまうのもアレやしと、「えへへ」と笑って手を振り返した。後日、ほんもののみっちゃんのママとその子の間で

「みっちゃんのママ、月曜日の夕方にセブンにおったやんな」
「えっ、いてないで」
「ウソ、じゃあアレ誰やったん…」

なんて会話が交わされて、みっちゃんのママのドッペルゲンガーがセブンイレブンの前に現れたということになっていたら、なんだか、とてもごめんなさい。

そんな私は中肉中背、背丈は日本女性の平均よりやや高いものの意外とそうは見えないらしく、まるい眼鏡をかけていて、子どもの付き添いで毎日小学校に行くので(ついでに大荷物を運ぶので)、なるだけ悪目立ちしない、大人し目の、そして動きやすい服を着ている、ラインナップは主に無印良品。

それは四十代女性の集合体、イデアみたいな容姿であるということなのかもしれない。宇宙人が人間の、それも日本人の女性のサンプルを取るのにひとり攫ってみようと考えた時、分かりやすいタイプの四十代女性として選ばれそうな感じの、そんな見た目(いやだ、選ばれたくない)。

そしてイデアは今、自宅で地味に流行っている言葉で、今朝も息子が妙に早い時間に起きてきて、そして食パンを一枚トースターに放り込んでこんがりと焼き、そこにバターもジャムも塗らずに皿に置いて「これ、パンのイデア」と私に見せてからそれをさくさく食べて自室に戻って行った。なんなん。

ともかく、あまり特徴がないことが特徴である顔の私は、それで損をしたことはないけれど、特に得をしたこともなく、時折というか結構しょっちゅういろんな人に間違われながら日々を暮らしている。この前なんか、とうとう犬に間違われた。

『犬に間違われた』というのはちょっと語弊があるかもしれない。正確には、お散歩中のワンちゃんが私のことを自分のよく知る人間だと思いこんで、飛びついてきたということです。

あの時私は子どものお薬を貰いに、家から歩いて十分程の距離にある病院の、更にそのお隣の調剤薬局を目指して歩いていた。時間は土曜日の午前中、やっと秋らしい風が吹き始めて、天気はやさしい秋晴れ、細い糸のような雲が青空にすーっと刷毛で線を引いたように流れる、とてもすてきなお散歩日和の日。

元は工場があったらしい土地を、地元の不動産屋が買い取って整地して売り出した真新しい住宅地の中を抜けると、信号の設置された横断歩道があって、その先には目的の病院と薬局がある。私がその横断歩道の前で信号が赤から青になるのを待っていると、突然ドスッというかゴッという感じで、そのワンちゃんが私の背中めがけて飛びついて来た。

元々私は実家で犬を飼っていたし、今もたいへんな犬派で、ワンさんに飛びつかれること自体いつでもカモン、常時ウェルカムなんだけれども、この時はちょっと驚いたというか、よろけた、転びはしなかったけど。

なにしろ相手が大型犬の、ラブラドールレトリバーだったもので。

ラブラドールレトリバーは体重大体30㎏前後、体高大体60㎝前後と、ちょっとネットで調べたらそういうことではあったけど、この時私をどつい…飛びついてきた子はそれよりどう考えてもデカくてごつくて、グレートピレニーズ位の大きさがあった。ラブ界隈でもかなりデカくてムキッとした格闘家タイプの立派な体格。グレートデンじゃなくてよかった、それだと多分潰れてる。

とにかくそれに予告なく飛びつかれたものだから流石の犬派も「ぎゃあ」とか「うえ」とかの奇声を発して驚いた。リードを握っていた20代後半から30代の前半くらいの女の人は驚いてその子を引っ張り、平身低頭謝ってくれた。細身で小柄なその人は巨大なワンさんを渾身の力で引っ張り、かなり体が斜めに傾いていた。例えるなら童話『おおきなかぶ』のおじいさんくらい。

「すみません、すみません、普段はホンマに大人しくて、道行く人に飛びついたりせえへん子なんですけど、コラッ!レオ(仮名)」

普段はとても大人しくて、サイドウォークをちゃんと習得しているらしいレオ(仮名)が、突然知らんおばさんに飛びついたのはどうやら。

「後ろ姿がうちの母に凄くよく似ていたので、それでレオが勘違いしたんちゃうかなと思います…」

とのことで、なんだとレオ(仮名)、おまえもか。

レオの人間のママであり、その人のお母様は私よりもやや年上のようだったけれど、その人のお母様と私は背格好とか全体の雰囲気がとても似ているのだそうで、その人もちょっと驚いておられたし、レオなんか「違うで~ママじゃないんやで~」と私が人語で説明してもおへそまる出しごろんの大好きポーズで「さあ撫でて!」となでなでを要求し、お陰様で私は有難く路傍で思うさま犬欲を満たすことができた。

いいですか皆さん、小さい犬もそれはちんまりして可愛いものですが、大きい犬もまた大変に可愛いものです。お手々がずっしり熊みたいなところ、牛くらいあるんじゃないかと思しき巨大な頭、お口のフチのダルダル具合。

でも犬って、視力というか見た目で人を判断しているんですねえ、匂いではないのですねえと私がリードを握るその人に言うと、その人はちょっと小声で

「母、去年亡くなったんですよー」

と言った。レオ(仮名)は、人間のママが死んでしまってから、人間のママがもうお家にもお外のお散歩コースにも、とにかくどこにもいないんだということがよく理解できなくて、人間のママと同じような背格好の中年女性を見ると、尻尾を振ってにこにこと近づいていくようになったのだと言う、しかし流石に助走をつけて飛びついたのは今回が初めてとのこと。
 
レオ(仮名)が、どういう訳なのかずっとお家を留守にしている(と本人は思い込んでいる)人間のママを今日も探して歩いているのだなあと思うと、ちょっと切ない。
 
切ないけれどあの瞬間、レオ(仮名)は「いつか、きっとかえってくるね!」と信じている人間のママと、本人的には再会できたということになるのだったら、私の中年女性のイデア的イトコ顔もちょっとだけいいもの、ということになるかもしれない。やっぱりちょっと、切ないけどね。

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きなこ
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