オフィーリアの散髪




推し短歌『オフィーリアの散髪』











推し短歌を募集、とのことで過去のものですがこちらを投稿します。推しが炎上したときの自分の気持ちです。
何かと炎上する時代、推しの炎上のひとつやふたつオタクであれば経験するものですが、過去いちばんつらかった推しの炎上を歌にしました。生きている人間のオタクをすることが嫌になり、本気でオタク卒業を考えました。(この推しについては「さみしがりたかった毛先 強かったらしいわたしを知らせる時計」のとおりですが、生きている人間のオタク自体は卒業できませんでした。)説明しすぎるのもな……とは思いつつ、ひとつひとつ込めた想いを添えます。

WIN 知りたい LOSE 知りたくない END 知らないままでいればよかった

そのまんま。推しの炎上内容を知りたい気持ちと知りたくない気持ちが戦って知りたい気持ちが勝ちました。でもやっぱり見るんじゃなかった……という話です。あるあるですね。内容に心をグリグリと抉られました。半目で見ても耐えきれず、最後までは読まなかった(というか読めなかった)記憶があります。

三猿に倣い三円より安いトレンドだけのアラブ旅行へ

三猿……つまり見ざる・聞かざる・言わざる。推しが炎上したときの心得です。炎上に関する情報を見ない/聞かない。開かれたアカウントで推しのことをつぶやかない。(ネタにして絡んできたりオタクを叩いたりする人がいるため)心を守るために大事なことです。
「三円より安いトレンドだけのアラブ旅行」は、Twitter(現X)のトレンドを国外の地域のトレンドに設定する、ということです。無料でできる国際旅行。お得ですね。推しが炎上しているときのトレンドワードほど精神的に追い詰めてくることばたちはありません。こちらのデータを得て興味のある内容にカスタマイズされたトレンドは、渦中の推しのこともたくさん教えてくれます。ワァ、ハイテク!その対策として、トレンドの地域を変更する、という手段があります。もともと何も表示されない赤道ギニアに設定していたのですが、一時期わたしの検索画面に赤道ギニアが現れなかったことがあり、そのときからアラブ首長国連邦に設定することが多くなりました。トレンド表示されても読めないからOK。アラビア文字って生きている感じがしてかわいい。ちなみに仕様が変わったのか、今はトレンド旅行をしてもおすすめトレンドが表示されてしまいます。逃げられない。

人道の6本西を吹く風とグラニュー糖を煮詰めても夜

わたしの推しは倫理的に庇いきれない行いをし、すべての仕事を降板しました。「人道の6本西を吹く風」は、推し、あるいは推しの行い。つまりは人道を外れた存在を表しています。オズの魔法使いでは、西に悪い魔女が住んでいます。人道を外れその魔女に近づく風。悪しきもののイメージです。わたしの精神的苦痛も水をかけたらジュワと消えたりしないかな。
グラニュー糖と果物を煮詰めるとジャムになります。ジャムは瓶に詰まって佇む姿に宝石のような輝きがありますが、見方によってはグロテスクな塊とも言えるのかなあ、と。グラニュー糖は推しのことをだいすきな気持ちです。推しに素敵な思い出をたくさんもらったことも、確かな事実でした。そんな甘くて真っ白な気持ちがどれだけあっても、知りたくなかった推しの一面と一緒に煮詰めれば暗闇になってしまう。まるごと嫌いになることが難しいからこそ、ぐちゃぐちゃした塊になる心を歌にしました。

メルカリで送料引いて100円とちょっとになった だいすきでした

これもそのまんまです。炎上の中、推しのグッズを物理的に炎上させ供養するオタクの方々もいらっしゃいましたが、わたしはどうしても捨てることができませんでした。もちろん思い入れもありますが、何より、きれいな推しの姿を見るためには、手元にあるグッズを振り返るしかなかったからです。ネットで推しの名前を検索しようものなら、炎上内容の記事、悪い顔をした推しの写真、見たくもない内容のLINEの切り抜きが堂々と出てくることは間違いありません。SNSの投稿もすべて削除されていたので、スマホに保存した写真を削除するのにも苦労しました。だいすきだった推しは、過去の中にしかいません。でも、見返すことも結局できませんでした。捨てるのも取っておくのもつらい。じゃあ売ろう!定価がいくらだったか忘れましたが、メルカリの最低価格で売りに出しました。破格ですが、大炎上したので買う人はいないだろうなと思っていました。売れました。マジか。グッズが100円ちょいのお金になり、わたしの中の物質的な推しの形跡はまっさらになりました。それは物質的なものだけのはずなのに、感情ごとごっそりどこかへ持っていかれたような気分でした。
わたしはミーハーです。たくさんの推しがいます。炎上した推しのこともほんとうにすきだったのかな、ノリと勢いだったかもよ?なんて思ったこともありましたが、どうやらほんとうにだいすきだったのだと、このとき強く実感したことを覚えています。

傷口がサインのようで目を凝らし立入禁止区域の海馬

これは炎上から少し経ったときの歌です。「立入禁止区域の海馬」は、思い出さないようにしていた記憶。なんでもないことをきっかけに不意に思い出した光景があり、「この記憶、誰のことだっけ?」とたどっていった先に件の推しがいました。「こんなこと言っていたな」とか「こんなことしていたな」とか、わたしが思っている以上にわたしの中に推しは染み付いているようです。確か「傷ってサインみたいだな」と思ったところから書き始めた歌だった気がします。傷は、痛みを忘れないで、ここにいるよ、と主張をしているのかもしれません。

さみしがりたかった毛先 強かったらしいわたしを知らせる時計

炎上から時は流れ、いつの間にか痛みは消え、推しは「かつての推し」になりました。精神衛生上これでよかったと思う反面、推しに対する執着がなくなった自分をどこかさみしく思う気持ちもあります。まだもう少しさみしがって、囚われていたかったな、と心のどこかで思っている気がします。
「もう少し囚われていたかった」歌を書こうとしたとき、「髪の毛」という表現がわたしの中で妙にしっくりきていました。うまく言語化できませんが、わざと苦しもうとする心が、もう傷んでいないはずの髪の毛を切り続けるような、そんなイメージと紐づきます。散髪は失恋の象徴でもあるので、どこかにそんな気持ちがあったのかもしれません。わたしの推しへの愛は恋愛感情ではありませんが、推しをすきになるあのまばゆさは、恋に落ちる瞬間と似ているのだと思います。その終わりは確かに失恋と言えるのかもしれません。

さて、オフィーリアはシェイクスピアの有名な悲劇『ハムレット』のヒロインです。彼女はつらい現実の果てに溺死してしまいます。わたしにとって推しの炎上は確かに悲劇でしたが、わたしはオフィーリアではありませんでした。当時はこの世の終わりのような顔をしていたと思いますが、わたしは思ったより強かったようです。もう傷んでいないはずの髪の毛を切り続ける偽物のオフィーリアの歌、という意味を込めて、この歌たちに『オフィーリアの散髪』と名付けました。

おしまい。


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