まほうつかいが駆けた夏
今宵も強い風が吹く。神社の札を鳴らしながら。
『それではこれで終わります。二学期に会いましょう』
先生のその言葉は、永遠とも思える夏休みのスタート合図だった。
ランドセルには四十日分の宿題と、小さい数字が並ぶ通知表。
気の重いランドセルの中身とは裏腹に、
僕の足取りは焼けた校庭の匂いも気にならず、軽やかな事この上なかった。
『ナツっ』
生まれも育ちもこの小さな田舎町の、
その中でも一番仲の良い二人が当然の様に追いかけて来る。
「おー。かえろうぜ」
『通知表どーだった?』
仲の良いと言う事は少なからず同類な訳で、
決して褒められるものでは無い数字の通知表を三人が見せあい、
お互いがお互いを罵り合う。
小学校で3回目の夏を迎えても、その光景は変わりはなかった。
『ナツ、算数2とかやばいじゃん』
「ダイスケの国語なんて1じゃん」
『全部足して多い方が勝ちね』
「ユキオ1と2しかないのに?」
人口二千人足らず、山間部のこの田舎町でも夏休みのイベントはある。
とは言っても小さな祭レベルだが、
子どもたちにとってはかけがえのない思い出となっている。
『ナツ明日どーするっ』
夏休みの一日はラジオ体操から始まる。
近くの空き地で小学生はラジオ体操に参加して、暑くない午前中には宿題に取り掛かり。
冷やし中華を啜って午後の日差しの中、空に浮かぶ綿アメを見ながら仲間の元に駆けて行くのだ。
宿題に関しては大概省略される事が多いのだが。
「明日はこの夏のおれ達の家、秘密基地を作っちゃいます」
『マンガ持って行こう』
『おかしもたくさん持って行こう』
近くの草むらにダンボールを持ち込んで、小さな家を作る。
雨が降ったらすぐ潰れてしまうような家だが、
秘密基地という子供心をくすぐる甘美な響きに、僕達は目を輝かせて毎日の様に通っていた。
母親の口から発せられる宿題という言葉以外は夏に関してなんの不満も無い。
道路の逃げ水を三人で果てしなく追いかけて一本のアイスを三人で食べる。
当たりの棒はもちろん、秘密基地の宝箱の中だ。
『ナーツーくーん』
その声が毎日の様に家の前で響く。
母親に小言を言われる前に家を飛び出す。
早く準備が出来たら僕が迎えに行く。
ユキオもダイスケも同じ夏を楽しんでいた。
学校のプールで真っ黒に日焼けをして、
自転車で競争して秘密基地に行き、ひぐらしのなく頃に家路に着く。
同じ様な毎日でも僕達は、宿題の絵日記に書き切れない程の思い出を刻む事が出来ていた。
いつもの午前十時過ぎ、ダイスケが迎えに来た。
今日も空は高く青い。
外に出たのいいが、いつもと違う。
ユキオが居ない。
「ダイスケ。ユキオは?」
『家行っても誰も出なかった、旅行かな?』
ちょっと不思議だった。
明日も会おうと言ったのに。急に旅行なんて行く筈ないと思った。
結局二人でもう一度ユキオの家に向かう事にした。
その道中でユキオの家の車が後ろから近づいてくる。
「あれ?ユキオん家の車・・・」
『でもユキオ乗ってないじゃん・・』
追い越される時に車が急停車した。
中からユキオのオバサンが声を掛けてきた。
『ナツ君、ダイスケ君』
ユキオは入院した。
風邪を拗らせたとオバサンは言ったけど、
入院するほど悪いんだと子どもながらに心配になった。
オバサンにお見舞いの了解をもらってその足で病院に向かう。
町の病院は一つしかない。
小さいけど小奇麗な病院の受付でユキオの名前を告げると、
看護婦さんが案内してくれた。
相部屋だから大きな声出さないように、と言われて病室に入る。
独特の消毒液臭が鼻につき、ここは病院なんだと改めて実感する。
「し、しつれいしまーす」
ダイスケは僕の後ろでお辞儀をしながら付いて来る。
『ごめんなーダイスケ!ナツ!』
真っ黒に日焼けした肌とは対照的に、白いベッドが眩しかった。
かなり元気そうだった。
「なんだよ元気そうじゃんかよ!」
『入院するなら言えよな!』
他の患者に睨まれて少しトーンを下げる。
『そういえばさ、もしかしたら、祭に間に合わないかも』
「まじでー!!!」
今度は看護婦さんに怒られた。
八月の十五日。毎年祭りがある。
小さな町の一番大きな祭。
最後に灯篭流しをやって、三人で誰が一番速い灯篭を作れるかを競う。
もちろん本題からは大きく外れた罰当たり行為なのだが。
『ユキオ去年勝ったんだから勝ち逃げゆるさねえぞ』
「まぁ治ったとしても、勝つのはおれだけどな」
『オマエラに負けるほど腕は鈍っておりません。連覇頂きます』
ユキオは、まだ七月末なのに、二週間以上は入院が確定してるとの事だった。
今年は少し寂しい夏になるなと思いながら帰路に着く。
病院から出て、二人で自転車を押しながら考えた。
『ナツ、そう言えばさ、裏に神社なかったっけ?』
「あるよ。だから?」
『行こう。神社ってお願いすれば良い事あるって聞いたことある!』
「ほんとに?」
病院の裏、小さな丘に神社が立っている。
赤い鳥居をくぐり百程の階段を駆け上がると、小難しい言葉が書いてある札が目に付く。
高い木に囲まれて日陰が多く、
蝉時雨を差し引いても、幾分涼しくて居心地がいい。
太陽光が葉に遮られ、僕とダイスケの肌に光の模様が揺れる。
『んー。ちいさなお客さんかな』
社務所から神主さんらしき人が出てきた。
「あ。あの、ともだちが病気でおねがいにきました」
『そこの病院にいて、にゅういんしてるんです・・・』
普段見る大人とは違う格好している神主に、二人は大いに狼狽した。
神主は笑って感心感心と呟き、3枚の札を渡してくれた。
『この札は御願い事を書くんだよ。そしてまたココに持って来なさい』
不思議な事を言われている感じがして、ダイスケはうんうんと大きく頷いていた。
「でも、僕達お金もってきてません」
『ません』
はは!と神主は笑い、僕たちに諭した。
『お金がなくたって御願いしていいんだ。
それでも申し訳なく思うなら、願いが全部叶ったら、賽銭箱に君達の大事なものでも入れなさい』
深々とお礼をして神社を出た。
興奮していた。
「ダイスケ!なんだよ願いが叶うって!?」
『すげー。あの人が願い叶えてくれるって事?』
何故かニヤニヤが止まらない。
『・・まほうつかい?って事・・?』
「そーじゃん!!まほうつかいじゃん!!!?」
まほうつかいに大きな期待を膨らませ、強く自転車を漕ぎながら家路についた。
もう手元ににある札をユキオに渡したくて早く明日になって欲しくて、その日は早く眠りに着いた。
ダイスケがいつもより早く迎えに来た。
気持ちは一緒みたいだ。
どちらかがユキオに札を渡すかでケンカしながら病院へ向かう。
ダイスケは3つの札を握りながら病室へ駆け込んで行った。
突然の来訪にユキオはびっくりしていた。
『なんだよ急に走ってきて!!また怒られるぞ』
そんな事はお構いなしに僕とダイスケは捲くし立てる。
「すげーぞユキオ!!もう治っちゃいます!祭行けちゃいます」
『それどころかスイカ割り放題です』
もう何がなんだかわからなく、ユキオは苦笑いを続けた。
『ちょとまって!どうした!何があった?』
まほうつかいが仲間になりました。と告げた所で看護婦に大目玉を食らう。
ロビーにユキオを連れ出して話を続けた。
昨日の神社での出来事を説明して、漸くユキオは理解した。
『で、その札をどうすんの?』
「書いたら、おれかダイスケに渡せ。まほうつかいの所に持って行く」
『そしたら願いが叶うのか?!』
『そーだ。まほうつかいだからな』
自信満々にダイスケが言った。
一つの札をユキオに渡す。
鉛筆を取り出して願いを書こうとした時にユキオが言う。
『そういえばおまえらの願いは何をかいたの?』
僕とダイスケはお互いの顔をみて笑い、自慢気に言う。
『内緒だ!!ないしょなのだ!!』
ユキオはクスリと笑い、真剣に札に願いを書き始めた。
札を預かって早速まほうつかいの元へ向かう。
にやにやしながら神主が出てきた。
『願いは決まったかな?』
これでお願いします。と3つの札を差し出す。
カランと乾いた音がして、神主は纏めて受け取りまじまじと札を眺めた。
『君達はいい仲間なんだね』
そう言うと神主は鈴緒の上、大きい鈴の部分に札をくくりつけた。
『こうすれば皆が鈴緒を振るときに札も揺れるから神様も気が付くだろう』
『かみさま?まほうつかいじゃないの?』
『同じようなものかな。願いは、神様と君たちとの約束だ。
決して約束を破っちゃいけないよ。』
「はい!わかりました!」
神社で一番目立つ所に3つの札は陣取った。
さあ帰ろうと札に目をやると、意外な言葉が書いてある事に気が付く。
【打ち上げ花火がみたい】
ダイスケと二人で目を丸くした。
「病気の事じゃないじゃん!!!」
『ユキオばかだからなー!!』
それでもまた書けばいいと、二人で神社を後にする。
神社を出るとひんやりと空気が変わった。
すぐに空は灰色になり、土砂降りの夕立が叩きつけた。
アスファルトが焦げる匂いが鼻に付く、びしょぬれになりながら家に帰った。
毎日ユキオの元を訪れては、お菓子やおもちゃを差し入れる。
特にお菓子は禁止されていたので看護婦の目を盗んでは、ユキオのベッドの下に滑り込ませた。
『今日のおかし何?やった!俺の好きなポテチ!でかしたナツ!ダイスケ!!』
毎回ユキオはお菓子を楽しみにしてくれた。
おかげさまで僕とダイスケはすっかり駄菓子屋の常連になった。
「ユキオ、まだ治らないの?」
一週間が過ぎた頃、なんとなく訊いてみた。
『よくわかんない。早くしないと祭に間に合わないよなあ』
少しだけこけた頬でユキオは笑った。
「だったら早くよくなりますようにって札に書けばいーじゃん。なんで花火なんだよ」
『治るのは当然だろ?それより花火大会をみてみたいじゃん?』
山間部の田舎町で花火大会なんてまずやらない。
僕らが打ち上げ花火を見るためには、
海沿いの町へ車を一時間以上走らせる必要があった。
大きな河が流れているものの、特に大きな産業も無く娯楽施設もない。
あるのは南北に佇む大きな山々と、停まらない新幹線の線路だけだった。
「花火なあ。俺一回だけ見に行った事があるよ。でっかい花火で音がこわかったよ」
『いいなーナツ。俺テレビで見ただけだよ。中学生なったら三人で行こう!!』
その時、ダイスケが病室に走りこんで来た。
「また怒られるぞダイスケ!」
『ちょっと!ユキオこれこれこれこれ!』
俺を突き飛ばしてダイスケはユキオにチラシを手渡す。
【○○町 花火大会開催のお知らせ】
ユキオは座ったままピョンと飛び跳ねた。
『わわわわわ!!ほんとー!?』
『花火見れる!!打ち上げ花火見れる!!!』
「まほうだー!!!」
病院中に響く声で叫んで、病院中の人に怒られた。
ついに、まほうつかいがやってきた。
花火大会は大盛況だった。
近隣の町からも大勢の観客が押し寄せ、出店が町中に溢れた。
僕とダイスケは騒然とする病院からユキオを連れ出し、
メロンソーダとポテトチップスをリュックに入れて、神社の一番太い杉の木に登った。
生暖かい風が吹く。木々の香りがする。遥か眼下には出店が町に彩りを添える。
『きもちーよナツー』
「良い風だなー!ポテチが旨い!」
『俺にもくれ!』
ダイスケが無理な体勢から手を伸ばす。
「落ちれ!怪我してもまほうつかいがいるから大丈夫だ」
そう言いながらユキオにポテチを薦める。
『あ、いま腹へってないや。あんがと』
少しだけメロンソーダを飲んで、ユキオは小さく息を吐く。
近くの蝉と蛙の大合唱が盛大に盛り上がる中、
田舎の漆黒の空に一筋の光が上がる。
空が爆発して低く重い音が三人を襲う。
ぴたり。と蛙と蝉が鳴くのを止め、山々がコダマと言う名のコーラスを唄う。
『うわあああ!』
「なにこれ戦争?戦争なの?!」
花火が炸裂する度に衝撃でバランスを失う。
手を伸ばせばそこに花火が掴み取れそうな空。
屋台の金魚より紅く、カキ氷のシロップより蒼く空が染まる。
ぎゃあぎゃあと僕とダイスケが騒ぐ中、
ユキオは満面の笑みで空を見上げた。
言葉を発する時間も惜しまれるかの様に。
まほうつかいに会いに行った。
僕とダイスケを見つけると
神主は嬉しそうに、昨日は願いが叶って良かったねと言ってくれた。
そして札を外すと、そっと返してくれた。
「あのう・・・」
言いあぐねているとダイスケが代弁してくれた。
『こ、この札にかいてあるお願いは、消しゴムでけしたらもう一回書いてもいいんですか?』
少し驚いた顔をした後、神主は言う。
『お願い事をしちゃいけないなんて事は誰も言わないよ。
君たちが心からお願いしたい事があるなら、また書いて持っておいで』
軽くお辞儀をして奪うように札を貰うと、一目散に病院に向かって走り出した。
ユキオは寝ていた。
もちろん叩き起こす。
「ユキオ!札持って来たよ!また書いていいってさ!」
ユキオは嬉しそうにゆっくり身体を起こす。
『まだお願い残ってるもんな。かして。書いておくから』
ちゃんと消しゴムで消してからなとダイスケが言い、
今日のお菓子を渡そうとした時看護婦が入ってきた。
今までと違い、凄い剣幕で怒られた。
困った顔で笑いながらユキオは静かに手を振った。
部屋を出る時、小声で「びょうき治せって書けよ」とユキオに呟いた。
ユキオは黙ってオッケーのサインを向けた。
その日の夜、家にダイスケのお母さんから電話があった。
なにやら神妙に三十分近く話し込んでいた。
その間にお風呂に入り、日記を書いた。
窓際で、ちりん、と風鈴が鳴った。
『ナツ。ちょっと来なさい』
オカンが言う。
絶対宿題の事怒られると思った。
でも違った。
『ちょっとの間、病院に行くのやめなさい』
この先はどうなるかなんて子どもの自分にはまるで想像出来なかった。
一週間が過ぎた頃、僕とダイスケはプールの中で話し合いをした。
結果は出ている話し合いを。
プールからそのまま病院に向かった。
ユキオが一番好きなポテチを持って。
道中、酷く興奮していた。
ダイスケもこの一週間であった事を手に書いて、
明日に迫った、灯篭流しの事も話すんだと意気込んでいた。
僕もダイスケも灯篭流しの灯篭の作成は終わっていて、
今日にでも試走させるつもりだった。
ユキオの連勝を止める自信は充分にあった。
病室に駆け込んだ。
窓が開いていて、風にカーテンが揺らめいていた。
ユキオを励ます様に置いてあった様々な差し入れも、
僕たちが置いて行ったゲームやお菓子も。
そしてユキオも。
風に吹かれて飛んで行ってしまったのだろうか。
初めてここに来た時と同じ、白いシーツが眩しく光って。
僕たちも同じ様に静かに佇む。
部屋を間違えたんじゃないか。
階数を間違えたんじゃないか。
看護婦に呼び止められた。
『あなたたち。ユキオ君の・・・』
そこから何を言ったのか、聞いたのか。
イマイチ覚えていない。
『あ、あなた達これあげるわ』
看護婦は親切心で言ってくれたのだろう。
だが、看護婦がソレを持って来た時、僕たちは自責の念に駆られる事になった。
僕たちがユキオあげたお菓子だった。
心拍数が上がる。
『・・なんだよ・・・全然食べてないじゃん』
僕らが通った数だけ、お菓子の袋が並べてあった。
僕らが通った数だけ、ユキオは苦しんでいた。
呼吸が早くなった。
『・・ナツ?札は?ユキオの札は?』
ダイスケがベッド周りを探すが見つからない。
そうだ、ユキオがまほうつかいにお願いしていれば助かるんだ。
居なくなっちゃう前に、きっとまほうつかいに札を渡してるはずなんだ。
二人でたまらなく駆け出した。
どこかで思っていた。僕も。ダイスケも。
札なんて、かかってないと言う事を。
容態が芳しくないユキオにそんな余裕があるはずない。
でも僕らに残されたユキオの手がかりは札しかない。
まほうつかいに頼るしかないんだ。
神社を見るのは怖かった。だけど行くしかなかった。
札は3つかけてあった。
「あー!!!!」
小さく声を出す。
神主が出てきた。
『良かった!!!札を取って!!札を良く見せて!!!』
興奮するダイスケを制して、神主はゆっくり札を取って渡す。
蝉の声が、より一層大きくなった。
ドクンと心臓が脈打つのが分かる。
【二人が、おれのこと忘れますように】
神主は何も言わず社務所に消えて行った。
札を持ちながら唾を飲んで、額から落ちる汗を全く拭おうとしない。
僕はそんなダイスケをただ見つめていた。
何分経ったのだろう。
ダイスケが札を神社にかけ直した。
「ダイスケ!!なんで!!ユキオが・・」
目に涙を一杯浮かべてダイスケは叫んだ。
『ユキオって・・誰だよ!!!!』
「おい!!ダイスケ!!??」
『・・・そんな友達いないよっ!!!いないんだよっ!!!』
汗と涙でぐちゃぐちゃになりながらダイスケは叫び続けた。
ダイスケと止めようとして、ふと気がつく。
僕とダイスケが書いた札の内容を。
【ユキオの願いが叶いますように】
僕らは忘れなければならなかった。
ユキオの事を忘れなければならなかった。
生まれて10年間。会わない日の方が少なかったユキオのことを。
それが、神様との『約束』だった。
二人、一言も発せず家路に着いた。
塞ぎ込んでる僕をみて、オカンもオトンも察してくれて。
出かける計画を立てたり大好物のスイカを買って来てくれた。
ユキオの名前が出ると頑なに、
「そんなヤツ知らない」と、
「そんな名前知らない」と。
心に一本ずつ針を刺す。
ダイスケも僕も、その日からユキオの事を口にする事は無くなった。
明日は祭、灯篭流し。
その年、生まれて初めて祭に行かなかった。
『何処に行くの?こんな時間に、もう十一時半よ?』
オカンが言う。
「ん。散歩がてらにタバコ買って来る」
『じゃあビールも買って来てくれ。タバコおごるから』
「はいよ」
オヤジから三千円ほど受け取って、コンビニとは反対方向へ歩き出す。
前方からクラクションが鳴る。
同級生だ。
『おー!!ナツ!!帰って来てた!?』
「うん。夏休みだから。一人で暇だし」
『学生は暇でいいねぇ』
冷やかす同級生は、酒を積んだ軽トラからビールを投げてよこした。
「忙しそうだな。ああ。明日灯篭流しだもんな」
『行くのか?』
「まだわからん」
じゃあ近いうち呑もうと言葉を交わし、軽トラは重いと悲鳴を上げるように唸った。
神社の入り口、鳥居の前で立ち止まる。
もう出店は準備を終えて明日に向け、ブルーシートに覆われていた。
鳥居を見上げて一服してると、笑い声が聞こえた。
『・・・なんだよ。ナツも来たのかよ(笑)』
「おまえこそ。よく覚えてたな。仕事は?」
ダイスケだった。
『十年ぶりの灯篭流し。勝負出来ますかね』
「三人いないと意味ねーだろ」
二人で階段を上がる。
昔、壁の様に見えた百段の階段は緩やかに見え、
充分にあった道幅は、二人で並ぶと少し窮屈だった。
『いるかね?まほうつかい』
「まほうつかいだもん。死なないでしょ」
階段を上り終え、石が敷き詰められた境内を歩く。
小さな神社はより小さく。
木も神社も、少し年をとった様に感じた。
カランと乾いた音がする。3つのかわいい札が神社の鈴緒の上で揺れている。
「な。まだあっただろ」
『おー。俺も信じてたけどね』
社務所から神主が出てくる。
『あららら。随分と懐かしい顔だね』
「まほうつかいだ!」
『お久しぶりですまほうつかい』
『もういい加減神主と呼びなさい』
皺が数本増えた顔で神主が笑った。
「引き取りにきました」
『そうだろうと思ってたよ。よく忘れなかったね』
札に目を向けると、夏夜の闇に影が動いているのが確認出来た。
『やはり仲間なんだね、任せたよ』
微笑みながらそう言うと、神主は社務所に引っ込んだ。
『困んだよなあ。そう言う事されると』
動いてる影に向かってダイスケが言う。
一瞬、影の動きが止まる。
目が慣れてきた事もあって、
その影はこちらに背を向けて、神社に佇んでいるのがわかった。
「夏祭り大嫌いになっちまっただろうが。なんでかわかんないけど」
『俺なんか若干病んだぞボケ。なんでかわかんないけど』
影は動かない。
「ここの神社が延命長寿の神だったなんて中学になってから知ったわ」
時計の針が夜中12時を差した。8月15日になった。
続けてダイスケが言う。
『祈願札の効能が10年続く事もな』
「俺達の札は子供用だったけど、まほうつかいに訊いたら効果は変わらないってさ」
ダイスケが『だから・・・』と言った所で、影の背中が小刻みに震えるのが分かる。
『10年前の今日、オマエと俺と夏音で掲げた札は、たった今、役目を終えた』
「10年間忘れてたわー。オマエの事なんか。ポテチ無駄にしやがって」
『オマエの願い、叶っただろ?』
「その願いも、今、おしまい」
『願い叶ったんだから、宝物を賽銭箱に入れなきゃな』
そう言って、秘密基地の宝箱から持って来たアイスの当たり棒を投げ込む。
真っ黒に変色した棒は、静かに賽銭箱に吸い込まれて行く。
「これで、全部、おしまい」
『早く灯篭作って来いよ』
10年前の面影のまま大きくなった少年が振り返り、二人に向かって歩き出す。
もう一度、カランと札の乾いた音が少年の頭上で鳴る。
『お前らなんかに負けねーよ。早くポテチ買って来いよ』
今宵も強い風が吹く。神社の札を鳴らしながら。
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