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虚構日記「太宰の宿」
太宰の宿に泊まった。
ただしくは太宰治にゆかりのある旅館だ。
恋人がその宿を予約してくれた。
朝から鈍行列車に揺られたわたしと恋人は、お互い思い思いの本を読み、たまに本を交換したりもしながらその宿を目指した。
わたしが持ってきた本は、太宰治の短編集「きりぎりす」。
恋人が持ってきた本は、石川直樹の「地上に星座をつくる」。
本を読んでいる恋人の横顔は素敵だ。
わたしが存在しなくても、きっと恋人の世界は続いていくのだと確信できる、その横顔がわたしは好きだ。
宿についてからは、ちょっと周りを散歩してみたり、ほうじ茶をいれてテレビをみたり、普段住んでいる街では見られない星空を楽しんだりした。
太宰はきっと笑っている。
ここの旅館に泊まるからといって「きりぎりす」を本棚から引っ張り出してきたわたしを笑っている。
わたしは恋人になりたい。
旅情に関係なく、わたしに関係なく、生活し続けるあなたになりたい。