何度もあった最後の夜に
曲の中盤、ギターとビートが静かになると、ボーカルのエリザベスの声が際立ってくる。エリザベスは、「こんな夜をずっと覚えているんだろう、ずっとおぼえているんだろう、あなたを覚えているみたいに」という歌詞を、何度も繰り返す。僕はこの歌が大好きで、聴きながらずっと覚えている夜のことに想いを巡らせる。その夜の記憶が、今の自分の中にちゃんと根を張っていることを確かめるみたいに。
*
僕らはオーフスという街に住んでいて、時々パブクロールという遊びをした。クロールとは、英語で「這って進む」という意味で、文字通りパブを這って進むように、酩酊しながら梯子酒を続けるという遊びだ。オーフスは小さい街で、みんな自転車か徒歩で集まることができた。パブクロールの夜の僕らには、終電なんていう野暮なものは関係なかった。とにかく疲れるまで飲んで、自転車で帰るのが僕たちのパブクロールだった。
この日は、僕の帰国の前の最後のパブクロールだった。いつにも増して気合の入った6人の男たちは、昼過ぎから町中のパブやバーを這いつくばって、バイキングさながら、ビールやガンメル・ダンスクと呼ばれるデンマークのお酒を次々に喉に流し込んでいた。
おそらく真夜中を回っていたはずだ。5軒目か6軒目(あいまいだが)のバーを出て、相当酔っ払っていた僕らはピザを食べることにした。日本で飲み会の後ラーメンで締めるように、デンマークでは飲み会の後にピザを食べる幸せな習慣があった。
街の中心の教会を囲む広場の端に、トルコ系の移民がやっているピザ屋があった。周りのお店も閉まって静まり返った一角に、ピザ屋の蛍光灯だけが白く輝いていた。その光に吸い寄せられるように町中から酔っ払いが集まり、真夜中なのに店の外まで列ができていた。レジに立つと、店員に「ファミリーサイズにするか?」と聞かれた。6人で食べるわけだし、少し大きい方がいいだろうと、特にサイズを確認することもなく、ファミリーサイズを注文した。
数分待って渡されたピザを両腕で受け取って、僕は言葉を失った。
え、待って。くっそデカいんだが!
出てきたのはちょうどマンホールくらいの大きさの、世界で一番大きいピザだった。大きすぎて一人では水平に保つことができず、みんなでゲラゲラ笑いながら、家具を運び出すようにピザを運んだ。酩酊した僕らには、この巨大なピザが最高にイケてる食べ物に思えた。
歴史的な大きさのピザを慎重に運び、広場の端にあるベンチに座って食べた。食べながら、僕らはデカすぎるピザについて何度も初めて見るかのように笑った。食べ終わって、とても誇らしい気持ちになった。めちゃくちゃ酔っ払っていたから。
ふと、もう一人の自分がその状況を俯瞰しているような感覚になり、ああ僕はこの夜を一生覚えているんだろうなと思った。僕たちはオーフスの夜の光と闇の中で、バカみたいにお酒を飲んで、バカみたいな大きさのピザを分け合っていた。そして、その喜びを存在全体ではっきりと感じていた。
食べ終わると、僕は空になったデカすぎるピザの箱を脇に抱えて、広場に面したデパートの常夜灯の下まで歩いていった。そして、広場の闇に向かって大声で呼びかけた。
オーフス!今日は僕の最後の夜だ!写真撮るから集まれー!
オーフスは小さい街だったけど、夜のあかりは洗練されていた。一日の営業を終えたデパートの控えめな明かり。川沿いの街灯。広場の向こう側にひかるバーの窓。バーの奥にはメキシコ料理屋さんがあって、そこを超えると入り江がある。入り江の奥には工場の光が遠くに浮かんでいた。いろんな光の隙間の暗闇から、僕の呼びかけに応じて知らない人たちが集まってくるのが見えた。
そして取れたのがこの写真。オーフスの夜の光の中で、僕の呼びかけに応じて集まった見知らぬ人たちの集合写真である。僕らは6人で飲んでいたので、この写真に写っている人の半分は、写真のために集まった知らない人たちだ。一番目立っている帽子の男や前に座っている女性を見てほしい。とても楽しそうだ。どこの誰かも知らない、通りすがりの人たちである。
言葉も交わさずにふざけた写真を撮っただけなのに、この瞬間、僕たちは確かに、かけがえのないものを共有していた。
これは、大好きな友達とデカすぎるピザを食べた思い出の写真ではない。これは、僕らがこの夜をオーフスで過ごしたことの証。僕は、オーフスで過ごす人生が大好きだった。
最後の夜っていうのは、オーフスだけでも何回もあった。最後の夜ばっかりだった。別れの寂しさを忙しさで埋めようとしたのに、会う人みんなと最後の夜を過ごさないといけなかった。これからも、何回も最後の夜を過ごすんだろう。いや、どうだろう。あと何回過ごせるんだろう。わからない。
でも、Allo Darlin'が繰り返し歌うように、僕はこんな夜をずっと覚えているんだろう。あなたを覚えているみたいに。
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