インク・ポラロイド
これは、オーフスでとても仲良くしてくれたスコットランド出身のクリストファーからもらったプレゼントの2冊のジン。今も手元にあって、宝物のように時々読み返している。
スコットランドはイギリス、ブリテン島の北側にあって、良質のポップバンドがたくさんうまれる不思議な土地だ。トラビス、プライマル・スクリーム、ティーンエイジ・ファンクラブ、モグワイなど、スコットランド出身の好きなバンドをあげようとすると、枚挙に暇がない。540万人ほどの人口(兵庫県と同じくらい)しかない地域の中から、世界的なバンドが何個も生まれてくるのはなぜだろうといつも思っていた。スコットランドには何があるんだろう。どんな風が吹いて、どんな夕方の色で、そこの何が人々に音楽を作らせるのだろう。
この写真にあるインク・ポラロイドと、リトル・インク・ムービーズは、そんなスコティッシュポップを代表すると言っても過言ではない(と個人的には思う)ベルアンドセバスチャンというバンドのメンバーが書いたごく薄いジンだ。
インク・ポラロイドの最初のページには、こんなことが書いてある。
というわけで、この小さなジンには、存在しない写真の描写が何編か載っている。あるバンドの何気ない日常をスナップ写真のように切り取った文章で、感動させようという意図やカッコつけるような感じが全然感じられないのがとても好きだ。今や世界的なバンドになったベルアンドセバスチャンだが、このジンはおそらく、商業的に出版されたものではなく非常にプライベートな形で作られたものだと思う。きっと手に入れるのはすごく難しいんじゃないかと思って調べてみたら、やっぱり発行部数はとても限られているらしく、ebayで1冊85ドルほどで取引されていた。
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オーフスでクリストファーと知り合ったときは、スコットランドの人と繋がれたことをとても嬉しく思った。僕の当時思っていたスコットランド人のイメージにもれず、クリストファーも趣味でギターを弾いてポップソングを作る人だった。そして、たくさんのスコットランドの歌で聴いていたように、聞き取りにくいのに不思議と愛着が湧く英語の訛りを、クリストファーも話していた。
僕がオーフスを去る数週間前、平日の昼間にクリストファーとパブに行ったことがあった。オーフスで大学の先生として働いていた僕は、授業が入っていない時間帯はかなり自由に過ごしていた。もちろん仕事は忙しかったのだけど、平日の昼間に友達と待ち合わせることも、昼からお酒を飲んでから仕事に戻ることもたくさんあった。クリストファーも会社で働いていたはずだから、デンマークでは働いている人も平日昼間からプライベートの予定が入ってくることがままあることなのかと思っていた。そんな日常の一コマだった。
その日、二人でアイリッシュバーでビールを飲んでいると、クリストファーは僕に、プレゼントがあるんだと言った。クリストファーは色褪せて灰色に近い水色のバックパックを持っていたので、そこから何かを取り出してくれるのかと思ったが、彼は履いていたジーンズのお尻ポッケにおもむろに手を突っ込んだ。そして彼はお尻ポッケから、この2冊のジンを取り出した。
僕はそのときすでに数年の海外生活の経験があったが、人にあげるプレゼントをお尻ポッケに直に入れてきたということにびっくりした。僕の中の日本的な部分が、「包装紙に包まないのはいいとして、人様にあげるものをお尻ポッケに入れとくの?」と口をあんぐり開けていた。
でも、それよりも僕は嬉しかった。僕がスコティッシュポップを好きなのを知ってくれていて、おそらく彼の私物だったであろう2冊のジンを僕のための贈り物にしてくれたのだ。貴重なものであり、彼にとっても思い入れがあるであろうものを僕との関係の証としてくれたことがすごく嬉しかった。受け取ったジンから伝わるクリストファーのお尻ポッケの温かさがなんとも言えなかったが、クリストファーの飾らない思いやりが嬉しかった。
こうして、40代のスコットランド人のお尻ポッケで温められた2冊のジンは、僕の大事な思い出になったのでした。
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