調布飛行場連中 その6
片岡義男的大垂水峠
IZさんとの出会いは覚えていない。でも加藤君や小宮山君と知り合った後なのは確かだ。IZさんは僕よりも二つか三つ年上で、SKさんと同級生だったと思う。
彼はオレンジ色のホンダCB125JXに乗っていて、黄色い初代のダイハツシャレードも持っていた。僕らの仲間内では年長で大変面倒見が良く、博識だった事もあって「親方さま」と呼ばれ、僕らから慕われていた。
僕は、IZさんが通っていたという事で、子供を同じ大学に入学させたと言ったら、その信頼度が分かるだろうか。本筋とは全然関係無いが・・・。
IZさんは知り合ってから暫くは僕らと同じで、彼女いない歴を順調に更新中だった。しかしある時、大垂水峠(甲州街道)に走りに行って、同じオレンジ色のCB125JXに乗る女性と知り合った。
峠道に行って、同じ色の同じバイクに乗った女性と知り合うなんて、まるでその頃に流行っていた、片岡義男の小説のようだ。きっかけは峠道でその女性に抜かれた事だった、と聞いたように記憶している。さらに彼女はピアノの先生だそうだ。これはもう、そのまんま片岡義男の小説になりそうではないか。
IZさんはその女性と知り合ってからは、めっきり調布飛行場に来る機会が減ってしまった。この辺りは全く片岡義男的じゃなくて、モテない調布飛行場連中らしい「やっと出来た彼女が最優先」という非常に分かりやすい対応だ。だから、彼女に会った記憶は一〜二回くらいしかなかった。
羨望のミッフィー
ある時、調布飛行場に行くと、滑走路に沿った柵のそばに、二台のオレンジ色のCB125JXが止まっていた。IZさんと彼女だ。彼女はIZさんのバイクの傍にしゃがみ込んで、何かをしているようだ。二人の小さな笑い声も聞こえて来る。僕は近づいてみた。すると彼女は、うっすらと埃を被ったタイヤの側面に、指で「ミッフィー」の絵を描いていた。
IZさんは彼女にやめるように言いながら、でもとても嬉しそうだった。その時のIZさんの笑顔は、今まで見た事がないくらいに優しそうだった。
調布飛行場の一角で繰り広げられる片岡義男的な世界を、僕はぼんやりと見つめていた。同時に猛烈に羨ましくなり「僕もバイクに乗る彼女が欲しい」と切実に願い、早々にその場を後にした。
(つづく)
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