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【第15章】本社決戦 (19/27)【試行】

【目次】

【消魂】

『屠れ、『死怪幽魚<ネクロリウム>』ッ!』

 オワシ社長が、吼える。真冬のような冷気が、社長室を満たす。ナオミの暖めていた蒸気エンジンが、ストールするほどの寒さだった。

 やがて、異形の巨人を身にまとう老体と次元転移者<パラダイムシフター>の女たちのあいだを阻むように、おどろおどろしいもやが浮かびあがる。

 意味のわからないうめき声を周囲に響かせながら、死霊の集合体が、一度は祓われた怪魚の姿をとって現出する。さきほどの、倍ほどの大きさはある。

『21478人の社員ども、死して、儂の天命に奉仕するがいいわッ! げぼおッ!!』

 ねじれた牙をむく巨大怪魚を見あげて、『淫魔』はあきれたようにため息をつく。

「二万をこえる死霊を圧縮して作り出したわけ? さすがに、ドン引きだわ……」

『皆、わたくしの下に隠れなさい! 『淫魔』もですわ!!』

 龍態のクラウディアーナが巨体を活かして、『淫魔』とミナズキをかばうように、頭上へおおいかぶさる。

 シルヴィアは、上位龍<エルダードラゴン>の影に駆けこむ。エンジンを再起して、突撃を敢行しようとしていたナオミも、舌打ちしつつ反転する。

 クラウディアーナは、白銀の六枚翼をドーム状に広げ、さらに『防御』の魔法<マギア>を展開する。直後、龍の背に怪魚の牙が突き立てられる。

『うぐ……ッ!?』

 四人の女の頭上で、龍皇女が苦しげなうめき声をあげる。死怪幽魚<ネクロリウム>の牙がはじかれ、ドラゴンの魔力と鱗が削れて、光の粒が散る。

 死霊の集合体は、銛のように鋭い歯で、白銀の龍の背を何度もかみ砕こうと迫る。巨大なドラゴンの身体が、そのたびに揺らぐ。

『すきを見て、反撃に転じる心づもりでしたが、なかなか、どうして……あうッ!』

 クラウディアーナの龍の前腕が床に触れ、後脚がひざをつく。

「ちょっと! しっかりするのだわ、龍皇女!! このままじゃ、私たち全員、あなたの体重でぺしゃんこよ!?」

『気軽に、言わないで……ほしいものですわ、『淫魔』……があッ!?』

 側面から浮遊怪魚の体当たりを受けたクラウディアーナは、体勢を崩すすんでのところで踏みとどまる。

 消耗したミナズキを抱き抱える『淫魔』の額に、冷や汗が浮かぶ。その真横で、シルヴィアが、身につけた武装をひとつずつ確認している。

「……皇女さまが、保たないのだな。こちらも、打って出る」

「グッド。ウチも、同じことを考えていた。籠城ってヤツは、性に合わないだろ」

 にやり、と笑ったナオミが蒸気バイクにまたがり直す。『淫魔』が止める間を与えず、女ライダーと獣人娘は、龍の腹の下からそれぞれ左右に駆け出していく。

「バッド! ノロすぎだろッ!!」

 アクセルをひねり、鉄馬を一直線に加速するナオミは、急反転すると同時に車体を跳ねさせる。尾ビレの側から、巨大怪魚の背に着地する。

「喰らいな、デカブツ──ッ!!」

 死怪幽魚<ネクロリウム>は、張りついた異物を振り払おうと、身をひねる。ナオミはかまうことなく、速度を増していく。

 浮遊怪魚の頭部まで駆け抜けたナオミは、高速回転する車輪で右側の濁った巨眼を轢く。腐汁をまき散らしながら、怪物の目玉が破裂する。

 フルオリハルコンフレームの蒸気バイクは、真鍮色の輝きを放ちつつ、死怪幽魚<ネクロリウム>の頭上から跳躍する。

 宙を舞う鉄馬の影と交錯するように、シルヴィアが駆ける。巨大幽魚の死角となる、眼球のつぶれた側へとまわりこむ。

 シルヴィアの手は、片側に三個、左右で合計六個の手榴弾を握りしめている。

 前傾姿勢で走り抜けながら、喰いちぎるように歯で信管を引き抜くと、狼耳の娘は擲弾を頭上に放り投げる。

 グレネードの側面には、肉球を思わせる黒い紋様が浮かびあがっている。浮遊怪魚の脇腹に接触した爆弾は、まるで吸着地雷のように、その場に張りつく。

「……『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』だ」

 物体同士を固着する、黒いスタンプ。シルヴィアは、自身の持つ『シフターズエフェクト』の名前をつぶやく。

──ドゥムッ!!

 二秒後、浮遊怪魚に固着された手榴弾が、ゼロ距離で一斉に爆発する。死霊の集合体が、巨体を苦しげにのたうたせる。

 死怪幽魚<ネクロリウム>は、つぶされた右の眼孔から汚濁液をあふれさせつつ、残された左目で攻撃者を補足する。

「ここまでは、予想通り……だな」

 シルヴィアは、すでに間合いの外へ逃れようと疾駆している。浮遊怪魚は、縦方向に身を回転すると、目標に向かって勢いよく尾ビレを振りおろす。

 背後を振り返ることなく、風圧と音響だけで攻撃を知覚したシルヴィアは、体勢を崩しながら前方に跳躍し、さらに着地と同時に前転して距離を稼ぐ。

──ズドォンッ!

 わずか数十センチメートルの間合いを置いて、怪魚の尾ビレが床を叩きつける。シルヴィアは、衝撃によろめきながら、四足歩行の体勢で疾走を再開する。

 死怪幽魚<ネクロリウム>は、目標を噛み砕こうと、身をくねらせながら顎を開く。獣人娘の疾駆よりも、怪魚の首の伸びるスピードのほうが速い。

 と、シルヴィアが唐突に脚を止める。浮遊怪魚の身体も、ぴん、と伸びたまま動きを止める。巨大な尾ビレが、床に叩きつけられたまま『固着』されている。

 振り向きざまにシルヴィアは、肩がけのストラップで背中に回していたアサルトライフルをつかむと、虚穴のような怪魚の口腔に向けて、ありったけの銃弾を撃ちこむ。

 マズルフラッシュが、薄暗い社長室のなかできらめく。フルオート射撃を浴びせられる死怪幽魚<ネクロリウム>が、身悶えるようにけいれんする。

『カア──ッ!!』

 クラウディアーナの龍の咆哮が、響く。シルヴィアの射線と十時に交錯するように、上位龍<エルダードラゴン>の光の吐息<ブレス>が放たれる。

 どじゅう、と蒸発するような音が聞こえる。強烈な残光を刻みながら、龍皇女の魔力の奔流は、巨大怪魚の首筋を半分ほど消滅させている。

「グッド! さすがに、やっただろ……!!」

『……残念ながら、まだまだのようですわ。さすがのわたくしも、自信を失います』

「まあ、二万人ぶんの死霊だもの……本当に冗談じゃないのだわ。単純計算で、それなりの都市を壊滅させるだけの手間がかかるわよ」

 ぶじゅるぶじゅる、と生理的嫌悪感を催すような粘液を止めどもなくあふれさせながら、倒れ伏す怪魚の身体は見る間に再生していく。

 シルヴィアは、怪物の傷口がふさがりきるまえに、追加の弾丸を叩きこもうとトリガーを引く。弾切れだ。予備弾倉も、残っていない。

 だん、と身を跳ねさせて、床に倒れていた巨大怪魚が、十メートル近く直上に跳ねあがる。頭部を真下に向けて、手をこまねくシルヴィアを直上から狙う。

「──バッド!」

 鉄馬を急発進させたナオミは、シルヴィアの身体を片腕でつかんで走り抜ける。一瞬遅れて、怪魚の咬撃が宙をはむ。ナオミは、後上方を仰ぎ見る。

 浮遊怪魚が身をくねらせて、次なる攻撃動作に移る。赤毛のバイクライダーは、回避が間に合わないと悟り、獣人娘の身を思いきり放り投げる。

「ひょこ──ッ!?」

 宙を舞うシルヴィアは、怪魚の尾ビレが眼下を横なぎに通り過ぎていくのを見る。ナオミのまたがるバイクが直撃を受けて、乗り手ごと吹き飛ばされる。

──ドゴォンッ!

 赤毛のバイクライダーとその愛車は、砲丸のような勢いではじかれ、社長室の壁に激突し、大穴を開けてその向こうに消える。

 一瞬、しかめっつらを浮かべたシルヴィアが、すぐさま戦士の顔つきに戻る。弾切れのアサルトライフルを投げ捨てると、オートマティックピストルを引き抜く。

 シルヴィアは、着地と同時に俊敏に動き回りつつ、怪物へ立て続けに射撃する。だが、アサルトライフルに比べて、威力も、手数も、明らかに足りていない。

 龍態のクラウディアーナは、息を吸いこみ、次なる吐息<ブレス>を撃ちこむすきをうかがう。

「……龍皇女陛下。天井を、砕いてください」

 上位龍<エルダードラゴン>の背後で、『淫魔』に身を支えられていた長耳の符術巫──ミナズキが口を開く。

 クラウディアーナの龍の瞳が、巫女装束のエルフを見おろす。一度は怪魚を祓い、疲弊しているミナズキは、強がるような笑みを浮かべる。

「死霊は、空気のよどんでいる場所にたまるものですから……」

【錯誤】

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