【第15章】本社決戦 (17/27)【奮戦】
【死怪】←
──ズガガッ、ガガガガッ!
広漠な社長室に、アサルトライフルの発砲音が反響する。疾走するシルヴィアは、宙に浮く怪魚の腹部へ大口径弾をフルオート射撃で叩きこんでいく。
わずらわしそうに身をよじった奇怪なモンスターは、狼耳の娘に対して巨大な尾ビレを叩きつける。
シルヴィアは、進行方向に跳躍し、さらに前転して致命的な攻撃を紙一重で回避する。殴打の衝撃で、社長室全体が振動する。
『カア──ッ!』
獣人の娘が注意を引いた隙をついて、クラウディアーナは龍態で体当たりをしかける。浮遊怪魚の腐った巨体は、巨岩を砕く突進にも揺るがない。
白銀のドラゴンと死霊のモンスターは、密着状態のまま、組み打ちをはじめる。巨杭のごとき両者の牙を、互いの急所に突き立てあう。
『……グうッ!?』
うめき声をあげたのは、上位龍<エルダードラゴン>のほうだった。死怪幽魚<ネクロリウム>の牙が、首の裏側に深々と突き刺さる。
クラウディアーナの銀のたてがみを、噴き出した鮮血が赤く染めていく。怪魚の口腔に、いっそう力がこもる。白銀の龍は、六枚翼と四肢でふんばろうとする。
だが、やがてドラゴンの巨体が、金属質の床から無理矢理に引きあげられる。浮遊怪魚は全身を回転させ、龍態のクラウディアーナを軽々と空中に振り回す。
「龍皇女──ッ!!」
竜巻のような旋風が吹き荒れるなか、『淫魔』は床に身を伏せながら、クラウディアーナに向かって悲鳴をあげる。
巻きこまれぬよう後退しつつ、シルヴィアは龍皇女に対する援護射撃の機会をうかがうも、誤射の危険性が高く手を出せない。
クラウディアーナの龍態は、ハンマー投げのごとく遠心力を付与されて、そのまま社長室の外壁へと叩きつけられる。
『あグ──ッ』
龍皇女の苦しげな悶え声が聞こえる。がらがら……と音を立てて、高い硬度を誇る社長室の壁が砕け落ちていく。
死怪幽魚<ネクロリウム>は、もっとも驚異度の高い侵入者にとどめを刺そうと、宙を滑る。怪魚の進軍を阻止しようと、狼耳の娘はフルオートでトリガーを引く。
眼球や鱗の隙間を狙って射撃するが、モンスターが気に止める様子すらない。火力が、不足している。シルヴィアは、沈痛な表情を浮かべる。
「……あー、ディアナさまには、申し訳ないんだが……正直、助かっただろ。どうやって中に入ればいいのか、困っていたところだ」
壁にあいた穴の向こうから、女の声が聞こえる。次の瞬間、真鍮色に輝く車体のバイクが、室内へと飛びこんでくる。
運転席には赤毛のバイクライダー、後部座席には黒神のエルフの巫女の姿がある。操縦手──ナオミは、バッタのごとく鉄馬を跳ねさせ、怪魚の眉間に肉薄する。
「喰らいなッ、デカブツ!!」
バイク後輪の高速回転を、赤毛のバイクライダーは巨大怪魚の前頭部に打ちつける。ギャリギャリ、と音を立ててうろこが削れ、汚れた肉と膿汁が周囲に飛び散る。
浮遊怪魚が不快げに身をくねらせる直前に、ナオミは再度バイクを跳躍させて床のうえへと着地する。
死怪幽魚<ネクロリウム>の注意は、完全に新たな侵入者に向けられる。鉄馬ごとかみ砕こうと迫る怪物の顎を、ナオミは巧みなジグザク走行でかわしていく。
「ミナ、どうだ。このデカブツの正体、わかるか?」
赤毛のバイクライダーは、過激なアクロバット走行から振り落とされまいと自分の腰へ必死でしがみつく同乗者に尋ねる。
黒髪のエルフ巫女──ミナズキは、頭を振ってめまいを晴らすと、顔をあげる。首をひねり、目と鼻の先にまで肉薄する怪魚に対して、目を細める。
「此方の見立てでは、これは……死霊、かしら」
「対処できるか?」
「これだけ大きな相手は、初めてですが……死霊祓いならば、宮仕えのころに経験があります。やってみましょう」
「グッド。必要な時間は、ウチがいくらでも稼いでやるよ」
ナオミはスロットルをひねり、鉄馬を加速させる。ミナズキは、巫女装束の懐をまさぐり、五枚の呪符を取り出す。
長耳の符術巫は、上半身をひねり背後を振り向くと、白くしなやかな指から霊紙の札を投げつける。
呪符は吸い寄せられるように、怪魚の五臓の位置に張りつく。バイクに追随するモンスターは、慌てるように身を震わせる。その動きが、目に見えて鈍る。
ミナズキは、目を閉じ、長耳をぴんと伸ばして、己の精神を符に対して集中する。符術の札が、月光のごとき淡い輝きを放ちはじめる。
「森羅万象、天地万物、諸事万端──……」
激しく揺れる車体のうえで、長耳の符術巫は呪言を唱える。一心不乱の没頭に、ミナズキの額に汗が浮かぶ、同時に怪魚に張りつく呪符の光が、より強くなっていく。
ごぶっ、と腐った空気を吐き出しながら、死怪幽魚<ネクロリウム>が身をけいれんさせる。異様な巨体のなかに、苦悶が見て取れる。
──ドオォォン。
やがて、宙を漂っていた巨体が、床のうえに墜落する。陸のうえに打ちあげられたかのように身を震わせていた怪魚が、やがて動きを止める。
ミナズキが、細長の瞳を見開く。呼応するように、怪魚は光の粒に変じて、消滅していく。あとには、残滓のごとき死霊の冷気が周囲に漂う。
「グッド」
小さくつぶやきながら、ナオミは蒸気バイクを停車させる。龍態のクラウディアーナが、傷ついた長い首をくねらせながら、大きな瞳で二人を見おろす。
呼吸を整えながら、シルヴィアは狼の両耳とアサルトライフルの銃口を下げる。『淫魔』は、長耳の符術師を見たあと、思い出したように別の方向へ視線を向ける。
「──ウラウラウラウラウラアッ!」
ゴシックロリータドレスの女の瞳の先には、もうひとつの戦場──チューブがからみあって構成された巨人と斬り結ぶアサイラの姿がある。
『ぬウん……ッ!』
セフィロト社長の振りおろす削岩器のごとき巨拳を紙一重でかわしつつ、青年は手にした『龍剣』で幾閃もの剣戟を繰り出す。
ぶちぶちぶち、と音を立てて、無数のチューブが斬り裂かれていく。一撃で四肢を断ちきれないと悟ったアサイラは、手数で攻める戦術にスイッチした。
「……チッ」
疾風のごとき連撃を命中させて、なお、青年の表情は晴れない。切断したはずの機械紐は、ぐねぐねとうごめき、破損部分を補うように自ら縒りあわさっていく。
『愚劣ッ、惰弱ッ、そして浅はかよ! 若造ゥ!!』
奇怪な巨人は両拳を組みあわせると、ハンマーのように叩きつけてくる。アサイラは。相手のふところに潜りこんで回避する。
相手の股ぐらをくぐり抜けつつ、青年は敵のアキレス腱にあたる部位を数度、斬りつける。巨人はよろめくも、転倒はおろか、ひざをつかせることすらかなわない。
「見た目は最悪だが……ずいぶんと頑丈な一張羅だな……」
群れたコードの背後に立ったアサイラは、荒く息をつきつつ、大剣を構えなおす。『社長』が、ゆっくりと青年のほうへと振りかえる。
『ッシャア! ネズミのごとく、ちょこまかと動き回りおって──ッ!!』
怒気のこもった叫び声を響かせながら、巨人の姿のオワシ社長は、アサイラを捕らえようと右手を突きだして、突進してくる。青年は、腰を落として待ちかまえる。
「一発でも、手数でもだめ、か……それなら、こういうのはどうだ?」
アサイラは、『龍剣』を握る手首を九十度かえす。白銀の刃が、迫り来る異形の姿を映し出す。
「ウオォォ、ラアアアァァァァァ──ッ!!」
ぎりぎりまで敵を引き寄せた青年は、相手の腕をかいくぐりつつ、その胴体に向かって力任せに『龍剣』の側面を叩きつける。
『……げボッ』
うめき声とともに、オワシ社長の動きが止まる。手応えが、あった。
『げぼオ──ッ!?』
異形の巨人は、ゆっくりと仰向けに倒れこんでいく。相手の背が床に接触するよりもまえに、アサイラは駆け出し、その腹部へと足を乗せた。
『げぼ! げぼお……っ!!』
オワシ社長の苦悶が響きわたるなか、ずうん、と周囲を振動させて、チューブの巨人が背中から倒れ伏す。アサイラは、その正中線上を走っていく。
「ウラアッ!」
復帰運動のすきを与えずに、青年は異形の頭部に深々と大剣を突き刺す。『龍剣』の切っ先は、大釘のごとく巨人を床へ張りつけにする。
アサイラは身をひるがえすと、人間であれば心臓のある部位──老人の頭部が埋没しているであろう場所へ向けて拳を振りあげ、叩き落とす直前で動きを止める。
『なんだ。情けをかけたつもりか? 気に、ゲぼ、喰わん……げぼオッ!!』
青年の足の裏で、巨人の体躯が苦しげに身じろぎする。アサイラは相手の急所を見定めたまま、拳が静止した状態を保つ。
「おまえに、聞かなきゃならないことがあるだけだ。クソジジイ」
『身のほど知らずの、若造め。儂を足蹴にしおって、礼儀知らずが……げぼ、げぼおっ!』
生殺与奪を握られながらも、なお不遜な言動を続けるオワシ社長に対して、青年の双眸に執念深い蒼黒い輝きが宿る。
「クソジジイ。おまえが、『蒼い星』出身の次元転移者<パラダイムシフター>だということは知っている。場所を──行き方を、教えろ」
『……聞いてどうするつもりだ、若造?』
「かえる」
簡潔明瞭なアサイラの返答を受けて、オワシ社長の身を包む巨人の身体が震えはじめる。それはやがて、大音量の哄笑となってあふれ出す。
『ぬはッ、ぬはははは……げぼ、げぼおッ!!』
「クソジジイ! なにがおかしい……ッ!?」
『若造! 貴様の探しものは、もはや、この宇宙に存在しない。あの世界──『蒼い星』は、儂の目の前で滅び去ったわッ!!』
老人の言葉を聞いた青年の闘志が、振りおろす直前で固定した拳ともに揺らぐ。刹那、アサイラの真横から、ビル解体の鉄球をぶつけられたかのような衝撃が襲う。
少し遅れて、青年は、足蹴にしていた巨人の右腕が自分をなぎはらったことに気がつく。ガードすることもできず、己の身体は木の葉のように宙を舞う。
「アサイラ……ッ!?」
「……グヌウ!!」
自分の名前を、『淫魔』が叫んだ。青年は、受け身をとることもできずに金属質の床に落下し、そのまま、数十メートル転がっていく。
うつ伏せの状態で、ようやく動きが止める。重い痛みと衝撃が全身を突き抜け、四肢が言うことを聞かない。アサイラは、どうにか顔だけあげる。
龍態のクラウディアーナが、空気を吸いこむ。閃光の吐息<ブレス>をオワシ社長に対して放とうとするも、アサイラを巻きこむ位置のため、思いとどまる。
疲弊したミナズキを降ろし、蒸気バイクの運転席にまたがるナオミは、いつでも走り出し、割って入れるように蒸気エンジンをふかす。
ぴん、と狼の耳を立てたシルヴィアは、けいれんする身体を叱咤し、アサルトライフルのトリガーに指をかけ、銃口をオワシ社長に向ける。
『ああ、あの瞬間ほど素晴らしいものはなかった……儂の手によって存在し得た世界が、儂の死とともに消滅しようとしていたのだから……』
老人の、恍惚とした声が、広漠な社長室に響きわたる。
倒れ伏すアサイラの目に、オワシ社長を包みこむ異形の巨人の、起きあがろうともがく様が見える。頭部に深々と突き刺した『龍剣』が、崛起を阻止している。
『だが、感銘の瞬間はすぐに潰えた……世界の死とともに、儂は次元転移<パラダイムシフト>して、無数の次元世界<パラダイム>の存在を知った……』
チューブの群れが手探りで、己を体躯を張りつけにする大剣の位置を確かめる。うごめく指が、柄をつかみ、自信の眉間から引き抜いていく。
青年の身の丈ほどある『龍剣』も、異形の巨人が手にすると片手で振るうほどの小振りなサイズに見える。
『……ッシャア! その瞬間の絶望がわかるか!? この儂が死んでも、そのことも知らぬに、のうのうと生き残るものどもがいるのだぞッ!!』
アサイラの剣を右手につかんだまま、チューブの巨人がゆっくりと起きあがる。顔のない頭部が、青年を、女たちを、周囲を焦がさんばかりの怒気とともに睥睨する。
『だから……この宇宙を、滅せねばならぬ。すべての次元世界<パラダイム>を、絶たねばならぬ。これは、儂……オワシ・ケイシロウの天命であるッ!!』
→【消魂】
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