【第15章】本社決戦 (6/27)【決闘】
【爆破】←
「おい、クソ淫魔……聞こえているのなら、返事をしろ」
アサイラは、こめかみに指を当て、実際に声を出して『淫魔』との数度目の念話を試みる。先ほどまでと同様に、脳内に直接響く返事は来ない。
地下空間で待ち伏せしていたエージェントと戦闘したあたりから、『淫魔』との連絡が取れなくなっている。なんらかのトラブルがあったのかもしれない。
「とはいえ……止まるわけにもいかない、か」
次元を越えたナビゲートが途絶えたあとも、アサイラは独自に前進を続けている。
岩石荒野から建造物内部に戻ると、幸いにも一本道で、警備兵もほとんどおらず、大きな騒ぎになるまえに単独で処理することができた。
「スムーズすぎて……逆に気にくわないか。まるで、誘いこまれているようだ」
黒髪の青年が通路を直進すると、厳重にロックされたシャッターに行き当たる。ほかに迂回路は、ない。
殴りつけて、力ずくでこじ開けるか。そう思いながら歩み寄ると、ゲートは独りでに開く。アサイラは、顔をしかめる。
「たとえ罠だとしても、踏み倒して進むしかないか。俺一人では、な」
意を決して、青年は扉をくぐる。アサイラがくぐり抜けると、再びシャッターが降りて、隔壁の向こう側からロックの閉まる音が聞こえる。
やはり、なんらかの意図がある──短髪の青年は舌打ちし、周囲の様子を確かめる。
予想以上に、広い空間だった。円筒状……巨大な縦穴の内側のようだ。天井は、あまりの距離にかすんでいる、底に至っては、闇が満ちていて確認できない。
眼前には、奈落の底に続いているかのような大陥井を横切るように、一本の橋がかかっている。対岸には、来たときと同様にシャッターの降りたゲートが見える。
アサイラは、神経を張り巡らせて周囲を警戒しながら、唯一の進路である橋梁を渡りはじめる。中央のあたりまで来たところで、足を止める。
「グヌ……ッ」
対岸の隔壁が、開く。青年は、徒手空拳を構える。扉の向こうから、誰かが出てくる。アサイラの記憶にはっきりと刻まれた男が、面前にいる。
シルクハットをかぶり、燕尾服を身にまとい、こじゃれたステッキを手にしている。口元には手入れのされたカイゼル髭。目元では片眼鏡<モノクル>が光る。
「──ヒゲ貴族かッ!」
「『伯爵』と呼んでくれ、と言わなかったかね? だが、我輩のことを覚えていてくれたのは、光栄だ」
拳を構えたまま、アサイラは動かない。動けない。青年は一度、『伯爵』と交戦し、手痛い敗北を喫した。伊達男の背後で、ふたたびシャッターが降りる。
漆黒の礼服の胸元で、金色のネームプレートが照明の輝きを反射する。実力と権力を兼ね備えた『スーパーエージェント』の証だ。
「……この空間は、『ダストシュート』と呼ばれている。セフィロト社のごみ捨て場、と言えばわかりやすいかね」
燕尾服のスーパーエージェントは、シルクハットを傾けながら、来客を案内するような口調で語りかける。『伯爵』もまた、隔壁のまえから動かない。
「ドクに依頼してね。ほかの経路を閉鎖して、ここまで貴公を誘導させてもらったのだよ。決闘には、申し分のない舞台だと思わないかね」
「なるほど……そういうことか」
「ふむ。おおむね、察しはついたかね。つまるところ、ここで我輩を突破しない限り、貴公は本社の中枢部へと進めない」
握りしめたアサイラの拳に、さらに力がこもる。あごの先から、汗の粒が落ちる。先ほどから、瞬きもせず『伯爵』を凝視し続けている。隙が、見えない。
一方、燕尾服の伊達男は日常となんら変わらないといった仕草で、頭上のシルクハットを脱ぐと、ふわり、とそれを宙に浮かべる。
この男──『伯爵』は、重力を操る『シフターズ・エフェクト』を持つ。
「ときに我輩、近頃、ビリヤードに凝っていてね。そして、趣味と実益は、できうるかぎり両立させる主義なのだよ」
頭を下に向けて、かごのように浮かぶシルクハットのなかに、カイゼル髭のスーパーエージェントは手を伸ばすと、鉄球をひとつ取り出す。
黒光りする球体は、円筒状の帽子同様に、『伯爵』の能力によって浮遊する。
「──フンッ!」
胸のまえに漂う鉄球を、燕尾服の伊達男は、手にしたステッキをキューに見立てて、先端で突き出す。
ギュンッ、と急加速した球体は、橋梁上の侵入者に向かって飛翔する。速い。重力制御で加速しているのか。アサイラは、前面に向けてガードの体勢をとる。
「グヌ……?」
青年は、怪訝にうめく。アサイラの手前で、鉄球は不自然なカーブを描き、それていく。前方の『伯爵』に注意を向けつつ、飛翔体の動きを横目で追う。
鉄球は、奇怪かつ不自然な軌跡を残しつつ、円筒状の空間全体を目一杯使って飛び回る。ただでさえ速かったスピードが、次第にますます増していく。
「ヌギイ──ッ!?」
黒髪の青年は、右肩に強い衝撃を受けて、苦悶の表情を浮かべる。アサイラの動体視力を超える速度の飛翔体が、したたかに命中した。
ひざを屈しそうになりながらも、踏みとどまり、青年は橋の前方をにらみつける。『伯爵』は、シルクハットのなかから、次の鉄球を取り出していた。
→【逆向】
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