【第13章】夜明け前戦争 (4/12)【急襲】
【来訪】←
──ブォン。
自然界では、絶対に耳にすることではないであろう奇怪な音が響きわたる。空間が歪み、緑色に輝く円が現出する。
緑の円──次元転移ゲートは、サイズを増し、最大半径まで広がりきると、超自然の光の向こうからいくつもの人影が現れる。
見れば、周囲にはいくつものゲートが展開され、その向こう側から持ちこまれたと思しき機材が、迷彩柄のテントのなかに運びこまれていく。
場所は、『龍都』より西方の、ちょうど死角となる丘陵の影。せわしなく行き交う人員たちは、最小限の言葉のみを口にし、明度を落とした信号灯を振っている。
「なんとなれば、すなわち。ここまでは、順調といったところかナ」
軍装に身を包んだ地上部隊の兵員たちと、白衣を羽織った技術スタッフたちが、忙しく、それでいて規律正しく動き回るさまを見つめていた人影がつぶやく。
ほかの技術者同様に白衣に腕を通しながら、双眸にはめこまれた赤く輝く精密義眼が特徴的な、かくしゃくとしたスーパーエージェント、通称『ドクター』だ。
──ブオオォォォ……ン。
丘陵のふもとに、ひときわ大きなゲートの展開音が響く。緑色の光のサークルが、ドラゴンの成体であっても、余裕で通り抜けられるほどに広がっていく。
アサルトライフルを装備した陸戦兵が周囲を警戒するなか、技術士が手にした信号灯を大きく左右に振る。
やがて、輝きの向こう側から、巨大な影が搬送されてくる。
夜闇に溶けこむ漆黒の機体。その上部には、ウサギの耳を思わせる二本の長いアンテナが生えている。試作戦闘機『潜兎零式<ラビット・デルタ>』だ。
「さて……」
後ろ手を組んだ『ドクター』が、かつかつ、と『潜兎零式<ラビット・デルタ>』の足元に近づき、機体を見あげる。
赤く光る義眼の視線が、試作戦闘機から伸びるケーブルを伝って、整備用のコンピュータのまえに座る技術スタッフのほうに向かう。
「……パイロットの様子はどうかナ?」
「不安定です。コックピット内で暴れています」
白衣の技術士は、モニターを凝視し、キーボードを叩きながら、上司の質問に機械的に答える。スピーカーからは、パイロットの意味不明なわめきが聞こえる。
「なんとなればすなわち、このままでは出撃に差し支えるかナ。『ラビット・ローズ』を投与してやりたまえ」
スーパーエージェントの指示に従い、技術スタッフはコックピット内の装置を遠隔操作し、指定された向精神薬をパイロットに注射する。
赤く光る義眼の老博士は、技術士の肩越しにモニターをのぞきこむ。各種パラメータに並んで、パイロットのプロフィールも表示されている。
ニック・ステリー。ノーマルエージェント。社に対する著しい背信行為を働いたため、社長の怒りに触れ、今回の懲罰ミッションに回された。
(パイロット向きの小柄な体格も災いしたかナ。モルモットにされるとは気の毒な)
胸中で、どこか他人事のように『ドクター』は独りごちる。『社長』は誰一人として信用していない。『ドクター』や『伯爵』のような最高幹部も、例外ではない。
「『ドクター』! 地上部隊一個大隊、総員そろいました!!」
背中から声をかけられ、白衣の老博士は振りかえる。迷彩服に身を包んだ軍人が、背筋を伸ばし、敬礼している。
セフィロト社が実力行使をするさいに動員される企業軍、その大隊長だ。
「うむ、ご苦労かナ。このワタシは、『潜兎零式<ラビット・デルタ>』の運用に専念する。兵員の指揮は、キミに一任するよ」
本来、企業という言葉に似つかわしくない生え抜きの軍人は、ハッ、と生真面目な返事をする。『ドクター』の視線は、技術スタッフたちを一瞥する。
「『潜兎零式<ラビット・デルタ>』の搭乗者のバイタルが安定次第、『龍都』に威力偵察を仕掛ける! 最終調整を急ぎたまえ!!」
スーパーエージェントの号令に、セフィロト社のスタッフがふかくうなずきを返す。『ドクター』の胸元で、金色の社員証が不気味な輝きを反射した。
───────────────
「失礼いたします、龍皇女殿下。急ぎ、お知らしたいことが──ッ!?」
そこまで言ったところで絶句したのは、『淫魔』の部屋に入室してきた龍皇女の側近、アリアーナだった。
室内に靡香が立ちこめるなか、男と女たちが、情交のあとの気だるさに身をゆだね、寝台のうえに身を横たえている。
金髪の側近龍は、想像したこともない淫猥な光景に、頬から耳の先まで紅潮させ、目のやり場に困って視線を虚空にさまよわせる。
そんなアリアーナに対して、真っ先に身を起こしたのは『淫魔』だった。
「ちょっと、ちょっと待つのだわ! なんで、側近龍が勝手に私の『部屋』に入ってこられるわけ!?」
「わたくしが、『扉』の接続を維持させてもらいましたわ。『淫魔』」
芸術的な曲線を持つ裸体を惜しげもなくさらす龍皇女が、家主の疑問に答えながら、起きあがる。
「なに勝手なことしてくれちゃっているのだわ、龍皇女!?」
「次元世界<パラダイム>の管理者として、緊急時に即応できないようでは問題がありますわ。そして、その万が一が起こった、ということでしょう。アリアーナ?」
「はい、龍皇女殿下……」
側近龍は、いったん口ごもり、呼吸を整え、あらためて言葉を紡ぐ。
「……『龍都』が、攻撃を受けました。セフィロトの手のものと思われます。街にも、迎撃に向かった者たちにも、大きな被害が出ているのですよ……」
→【黒煙】
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