【第□章】メビウスの輪を巡り (2/4)【螺旋】
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西暦20XX-1年、大西洋上に造られた巨大人工島、通称『アトランティス』。
「ルークくん! ひさしぶりではないかナ……なんとなればすなわち、健康そうでなによりだ!!」
「博士課程ぶりです。ウォーレス教授のほうこそ、お元気そうでなにより……」
「ミュフハハハ! 半数正解すれば採用を検討される試験で、全問正解しておきながら、ずいぶんと涼しい顔をしてくれるかナ。設問を用意したこのワタシのメンツも、少しは考えてくれ!!」
「これも、ウォーレス教授のご指導あればこそです。いえ、いまは主任とお呼びすべきですか……」
「好きに呼んでもらってかまわないかナ。なんとなればすなわち、それでは我らの研究対象『パンドラ・シャード』のもとへ案内しよう!」
海上都市の中央研究所にて、師弟が再会を喜びあう。教え子のほう……ルークには、これが『二度め』である実感がある。
『前回』は、このあと、尾鷲会長の襲撃を受け、青年は死亡した。いかなる理由かはわからないが、ふたたび青年は人生を繰り返している。
少年のころ、パンドラの流星を見て『前回』のことを思い出したルークは、そのときから破滅の運命を避けるために死にものぐるいで勉学に励んできた。
結果として、『前回』よりも一年早くアトランティス中央研究所の特任研究員となることに成功した。尾鷲会長の狼藉まえに研究所の一員となれば、打つ手を見いだせるかもしれない。
しかし、不安要素もある。パンドラの流星の観測、パンドラ解析プロジェクトの発足、未来からのメッセージの発見……すべてが、青年同様に一年早くまわっている。
もし、尾鷲会長の凶行も同じように一年早まるとするのならば……ルークは首を左右に振る。できることは、すべてした。ここから先も、ベストを尽くすのみだ。
青年研究者は、中央研究棟のなかを歩く恩師の背中を追いかける。螺旋階段を登る手前で追いつき、他愛のない会話を交わす。
「なんとなればすなわち、ルークくん。心の準備はよいかナ? これからキミは、文字通り『アトランティス』の心臓を対面することになる!」
『パンドラ・シャード』を保管している、最高セキュリティの研究室の扉が開かれる。内部を見て、青年研究者は目を丸くする。
「……大きい、ですね」
「ふむ、興味深いコメントかナ。なにと比較して、大きいと思った?」
ルークは「前回と」と口にしかけて、言葉を呑みこむ。眼前のシリンダーに納められた『パンドラの欠片』は、記憶のなかにあるものよりも明確に大きい。
前回は、確か親指ほどのサイズだった。今回は、目測でにぎり拳ていどの大きさは、ある。この違いが、なにを意味するのかはわからない。ただ、いやな予感がした。
『──緊急事態発生、緊急事態発生、緊急事た……』
──プシュウッ。
館内放送が鳴りひびき、止まった直後、師弟が入ったあと密閉されたはずの扉が開く。ルークは、ウォーレス教授よりも早く振りかえり、身構える。懸案事項は、現実のものとなった。
「げぼっ、げぼお……ッ! アトランティス中央研究所は、本日より、儂の管轄とする
……!!」
「プレジント・オワシ……ッ!」
重装備の兵士を引き連れた老経営者の無体な通告に対して、反射的に反論しようとしたウォーレス教授を、ルークは肘でこづき沈黙を促す。
青年研究者自身は、無言でホールドアップの姿勢をとる。恩師である研究主任も、おくれて弟子にならう。
「ほお……? 無駄な抵抗をしないとは、感心、感心……」
二人の研究者の様子に、オワシ・コンツェルンを統べる暴君は満足げにうなずく。老経営者は、ルークとウォーレス教授のまえを横切り、『パンドラ・シャード』のもとへ歩みよろうとする。
(完全武装の戦闘員相手に、素人のぼくたちが抵抗しても無駄だ……『パンドラ・シャード』の解析には、専門家の知識も必要。すぐには、殺されないはず。その間に……)
ルークは『前回』の記憶をもとに、この場で取るべき最適な行動を思案する。すると、尾鷲会長が青年研究者のまえで足を止める。
冷や汗が額を伝う感覚を、ルークは味わう。老経営者は、兵士を呼び寄せる。左手の杖でよろめく身体を支えながら、右手で拳銃を受け取る。
「貴様の目つきが、気に喰わん。儂を、裏切る目じゃ」
尾鷲会長は、冷たい銃口をルークの顎のしたに押しつけると、震える手でトリガーを引く。ウォーレス教授の制止もむなしく、乾いた銃声が研究室に響く。
青年の意識は、そこで途絶えた。
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ルークは、ふたたび生死を繰り返した。パンドラの流星を見て、これまでの運命を思いだし、少しでも早くアトランティス中央研究所にたどりつこうとする。
ループのたびに累積する知識は、明確にルークの味方をしてくれた。飛び級を経験し、大学で最年少卒業記録を更新し、パンドラ解析プロジェクトのもとへひた走る。
だが、ルークの努力と競りあうように、物事のすべての回転も早くなる。パンドラの流星、解析プロジェクトの発足、巨大人工島『アトランティス』の建造、そして……尾鷲会長の決起。
ルークは何度もパンドラ解析プロジェクトの特任研究員に就任し、そのタイミングでオワシ・コンツェルンの暴君に殺され、ふたたび振り出しに戻る。
さながら競馬か、マラソンか、あるいはモーターレースのごとき運命のデッドヒートだった。違いは、ゴールが見えないことだ。終わらない悪夢のようだった。
数多のループを経験するたび、まるでルークのあがきをあざ笑うように、『パンドラの欠片』はサイズを増していく。いまや、その名の由来通り、大きめの箱ほどまで膨らんでいた。
やがて、徐々に均衡が崩れていく。パンドラの流星の到来から始まる一連の流れが、ルークの進む速度をわずかずつ上まわりはじめる。
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西暦20XX-m年。大西洋上に造られた巨大人工島、通称『アトランティス』。
ルークにとって、恐れていたことが現実となった。尾鷲会長の決起に、青年研究者の到着が間にあわなくなった。
特任研究員の試験を控えていたルークは、アトランティス中央研究所における毒ガス流出事件をテレビニュースで知った。
ウォーレス所長は、秘密裏に非人道兵器の研究を請け負っていたと報じられ、その責任を問われ、重犯罪刑務所へ収監された。
かくして老経営者の思惑通り、海上都市はオワシ・コンツェルンの管轄となった。
ルークは、『パンドラの欠片』のまえで命を落とすことなく、生き延びた。おかげで、その先の歴史を知ることができた。
毒ガス流出事件から五年で、『アトランティス』はオワシ・コンツェルンの本社が鎮座する実質的な独立企業国家と化した。
パンドラ解析プロジェクトの掲げる理念は、あっという間に有形無実化した。
尾鷲会長率いるコングロマリットは、未来からの贈り物より得た英知をもとに多くの革新的兵器を産みだし、国家、企業、テロ組織から個人犯罪者に至るまで売りさばいた。
運命の日から、十年後。第三次世界大戦が勃発した。同時多発的に起こった核ミサイルの応酬で、地球上にある人類の居住区の半分が壊滅した。
それからしばらく、毎日のように民主主義政権の崩壊がニュースで報じられ、無数の独裁、軍事、企業国家が乱立し、やがて情報統制によってなにもわからなくなった。
それでもなお、ルークは運命にあらがい続けた。戦争の混乱に乗じて、重犯罪刑務所に踏みこみ、恩師ウォーレス教授を救出した。
ウォーレス教授を旗印に、ネットワーク回線を駆使して世界中に散り散りとなった碩学たちと接触し、協力を打診。国際ハッカーチームを結成した。
目標は、オワシ・コンツェルンの打倒。世界大戦の黒幕である、巨大企業がおこなってきた無数の悪事の証拠をつかみ、告発する。全人類に真相を知らせることで、戦争の終息を狙う。
ルークは核ミサイルの爆心地に残されたシェルターに潜み、世界各地の尾鷲会長傘下の勢力にハッキングを繰り返し、鉄壁のセキュリティを誇るアトランティス本社のメインフレームへの侵入経路を確立した。
狭苦しい地下シェルターには、ベッドとパソコンディスク、その他、最小限の生活設備しか存在しない。この場にいるのも、彼一人だ。集団行動は、リスクが高すぎる。
モニターの照り返しが、無精ひげの生えたルークの顔を映しだす。その額から緊張で生じた汗が、伝い落ちる。震える指で、しかし慎重にキーボードを叩く。
いままさに、ルークはオワシ・コンツェルンのメインフレームへとアクセスを試みていた。幹部社員に偽装しつつ、膨大なデータベースの深層へと潜っていく。
「落ち着け……ッ!」
人差し指の震えがいっそう激しくなり、歯でかんで無理矢理おさえこむ。おそらく、アトランティス本社の人間も存在を忘れているであろう、クズデータの数々を漁る。
血のにじむ指でキーを押しこむ。日付で検索をかける。狙いは、20XX-m年。検索結果が表示されるまでの時間が、体感には十倍にも感じられる。
「……見つけた、ぞ!」
ルークは、小声で快哉をあげる。完全に抹消されたはずの画像データの断片。オワシ・コンツェルンの工作員が、アトランティス中央研究所に毒ガスを運び込む、警備カメラの映像だ。
尾鷲会長率いるコングロマリットの不正の記録は、世界各地の仲間たちが掘り当てている。しかし、一部地方の有力者との裏取引や癒着がメインであり、全人類に対する共通の訴求力としては弱い。トカゲの尻尾切りで済まされる可能性もある。
そんななか、いまルークが見つけだした証拠は決定的なものだ。全人類への利益を目的に発足されたパンドラ解析プロジェクトを、老経営者が私物化した瞬間を示している。
「一部データの破損を修復する必要はあるが……これを公表すればッ!」
絶望の底に希望の光を見いだしたルークは、わなわなと全身を震わせる。次の瞬間、放棄シェルター全体が大きく揺れる。電源が消失し、モニターの表示が消える。
ルークは、とっさに出入り口のハッチへ視線を向ける。同時に、爆風が隔壁を吹き飛ばす。黄昏の陽光を背負った、複数の人影が見える。
「フリーズ!!」
黒いコンバットスーツに身を包んだ男たちが叫びつつ、一斉にアサルトライフルのトリガーを引く。無数の銃弾が、ルークの身体をずたずたに引き裂く。
(フリーズって……動かない死体になれ、って……意味、か……)
ルークは、どこか他人事のようにつぶやく。襲撃者のプロテクターに、オワシ・コンツェルンの社章が刻まれていることに気がつく。
青年の意識は、そこで途絶えた。
→【抵抗】
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