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【第2部9章】月より落ちる涙一粒 (7/16)【天敵】

【目次】

【方法】

「なにごとじゃ!?」

 天幕のなかで話しあいにいそしんでいたとばかり思っていたエルフたちが、天幕のなかから剣呑な雰囲気で飛び出してきて、カルタヴィアーナは眼前の姉龍のことも忘れてあっけにとられる。

「オークどもを見つけた方角は!?」

「東だ! そろそろ到着する頃合いだ!!」

「弓を持っている者は、いつでも射かけられるように構えておけ! まわりこまれる可能性もなくはない……念のため、一人は背後を見張れ!!」

「おうッ!!」

 若き族長のリーダーシップに、エルフの狩人たちは素早く従う。メロとミナズキは唖然としつつ、テントのなかからおっとり刀で這いだす。

「族長どの。昨晩、『聖地』にはオークたちも敬意を払う、と言っていたのですわ。血で汚すような真似は、彼らも好まないのでは?」

 緊迫した気配のエルフの族長に、クラウディアーナはいつもと変わらぬ口調で話しかける。

「だからこそ裏をかく、ということもあり得る……オークどもは悪知恵がまわるんだ。ある意味、翼竜<ワイバーン>よりもやっかいだ。警戒するに越したことはない」

 鬼気迫る様子のリーダーに、ミナズキもおそるおそる近寄る。

「此方、戦いのことはよくわからないのだけれど……いまは狩人の皆さまが出払っているわけだから、ふつうは手薄な村のほうを狙うのではないかしら……?」

 黒髪のエルフ巫女から論理的な指摘を受けて、一瞬、若き族長は返事に窮する。それでも、緊張と警戒はほどかない。

「よそ者は、気楽だな。俺たち……エルフと、オークどもは不倶戴天の敵同士なんだ。仲良くあいさつして、すれ違って、それで終わり……なんてあり得ない」

 エルフの族長が、苦々しく言った。鷹のような目つきで、弓のかまえる方向をにらみ続ける。ほかの同族たちも緊張した面持ちで、矢を弓の弦につがえる。

──ガサッ、ガサガサ。

 東側の茂みの葉が、不自然に揺れる。張りつめる空気と同時に、いつでも矢を放てるよう狩人たちは弦を引き絞る。

「ヴヒッ! ヴルヒ!?」

 緑がかった肌に豚のような頭を持った人型種族が、のそりと姿を現す。見える範囲には一人だが、背後の茂みはまだ揺れている。仲間が、いる。

「武器は手にしていないようですわ」

 攻撃の合図をくだそうとした若い族長に先んじて、クラウディアーナが声をかける。龍皇女の指摘したとおり、先頭の豚頭は錆びた鉈を腰に差しているものの、手に握っているわけではない。

「……俺たちとここで遭遇するとは、思っていなかっただけかもしれない」

「ヴルヴル! ヴヒヒッ!!」

 狩猟者の表情のエルフたちをまえにして、先頭の豚頭はとっさに武器を引き抜くわけでもなく、両手をつきだして首を左右に振ってりながら何事かをうめいている。

 絡みあう枝のなかから這い出てきた後続のオークたちも、面喰らったような表情を浮かべている。

「──射てッ!」

 族長の短い指示を受けて、すでに豚頭たちの頭部に狙いを定めていたエルフの狩人たちは、ほぼ同時に弓の弦から手を放す。

「ダメなのね──ッ!」

 矢が放たれるタイミングで駆けだしたのは、メロだった。手首にはめていたリングを空中に放り投げると、それはフラフープほどの大きさへと変じる。

 メロは自分の投げたリングのなかに、身を踊りこませる。煌びやかな輝きが生じるとともに、ふたたびフラフープほどの大輪を手につかむ。

「素敵に登場、機敏に変身──魔法少女、ラヴ・メロディ! ええーいっ!!」

 メロの手のなかで、口径の広がったリングが高速回転し、狩人たちの射放った矢を一本残さず空中で弾き飛ばす。

 魔法少女を自称する娘が着地し、振りかえったとき、面喰らった表情を浮かべているのは族長をはじめとするエルフたちのほうだった。

 一方、メロに守られる格好となったオークたちは、狩人たちが矢を放った瞬間に腰を抜かして、丈の短い草の生えた地面のうえに尻もちをついている。

「嬢ちゃん……なんなんだ、その格好は。いや……そのまえに、いったいなにを……」

 呆気にとられるエルフの族長のまえに立つメロは、ルビーのブローチと花弁のようなリボンとフリルをあしらわれた、可憐なピンク色のドレスに身を包んでいた。

 魔法少女を名乗る娘は、若き族長の問いには答えず、豚頭のほうに歩みよっていく。まるで遊んでいる途中で転んだ子供を気遣うように、オークたちをのぞきこむ。

「オークさんたち、けがはない? だいじょうぶなのね?」

「ヴヒ、ヴヒ……ッ。ヴルル、ヴヒッヒ」

「うんうん、なるほどなのね」

 鼻を鳴らしながら、豚頭たちは必死に何事かを訴える。尻もちをついたままのオークに、ひざを曲げて視線の高さをあわせたメロは、何度もうなずきを返す。

「族長さん! オークさんたちは、『聖地』でなにかするなら手伝わせてほしい、って言っているのね!!」

「……は?」

「最近、エルフさんたちが『聖地』に来ないから心配していたって! オークさんたちも、この場所がほったらかしになっているのを見るのはつらかった、ってことなのね!!」

 エルフの族長は、唖然として目を丸くする。ミナズキは、おそるおそるメロのそばに歩みよっていく。

「メロ。貴台は、この、おーく? ……の言葉が、わかるのかしら」

「うん。正確にわかるわけじゃないんだけど、なんとなく……なにを言いたいのか、なら。孤児院の年少組の子たちと似ているのね」

 話の通じる相手がいることに気をよくしたのか、豚頭たちは勢いよく立ちあがり、しきりにメロに対して語りかける。魔法少女は、うんうん、とうなずき返す。

「カルタ。そなたの言うことを聞くというオークたちはやる気のようですわ。どうします?」

「ふん! 勝手にするがいいわ!!」

 クラウディアーナに焚きつけられた妹龍は、へそを曲げたようにそっぽを向く。一方で、エルフたちも顔を突きあわせている。

「族長……」

「ああ、オークどもには負けてられんぞ!」

 若き族長をはじめとするエルフの狩人たちは、弓を握りしめた手を天にかかげ、一斉に雄叫びをあげた。

【結論】

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