【第7章】奈落の底、掃溜の山 (18/23)【離別】
【合流】←
「ちょうど、こいつを倒したところだ。推定、セフィロトエージェント」
「それは僥倖だわ。うら若い乙女に暴行するのは、感心しないけど」
「死にものぐるいでやって、このザマだ。そうでなければ、こっちが死んでいたか」
「……ふうん」
『淫魔』はすました表情で、ガレキ野原を見やる。
「そういうおまえこそ、よくここまで来れたな」
「苦労したの。感謝するのだわ」
「互いの手間賃で相殺して、チャラだ」
「グリン」
突然『淫魔』は、両手で自分の長髪をかきむしる。
「あー、だめだわ! 全身がぴりぴりする……お肌が荒れちゃうのだわ!!」
「そろそろ、潮時か」
「勇者サマ……いっちまうだら?」
ワッカのどこか無感情な声に答えぬまま、アサイラは錆びた金属片の地面のうえに立ち上がる。
アサイラは、ぐったりと脱力した獣耳のエージェントを抱え起こす。女の全身を覆う漆黒のコンバットスーツを、無理矢理、はぎ取っていく。
複合素材の装甲の断片を、一つ一つワッカのほうに放り投げていく。
あとにはレオタードタイプのインナーウェアを身につけた獣耳の女の肢体があらわになる。腰元には、耳と同様に犬か狼のような立派なしっぽが生えている。
女エージェントの首もとには、チェーンのついた金色のプレートがかかっていた。アサイラは、それを手に取る。獣耳の女性は、わずかに身じろぎする。
「いままで奪ってきた『社員証』と、色が違うか?」
「これ、スーパーエージェントの社員証だわ! アサイラ。あなた、ほんとうによく生きていたわね……」
アサイラは、びっしりと文字が刻印された金色のプレートを懐に納める。ワッカのほうを見れば、防護服ごしでも戸惑いの気配を感じられた。
「ワッカ。こいつの装備品は、おまえが持って帰れ。悪くない収穫物だろ?」
「……勇者サマ」
「助けてもらって、急に立ち去って、すまないな。勇者と一緒に悪魔を退治して、お宝を奪い取った、ってみんなに伝えるといい」
「みんなには、勇者サマから言ってくれ! それに、女神サマのことだって、紹介したいだら……」
「これ以上、長居すると分かれづらくなってしまいそうだからな」
ワッカを見おろすアサイラの背後では、『淫魔』が『扉』の構築に取りかかっている。普段よりも、集中を要している様子だった。
「アサイラ! その娘は、連れて帰って尋問するのだわ」
「この次元世界<パラダイム>からの脱出は、できるのか?」
「できる。少し荒れると思うけど」
『淫魔』の返答を受けて、アサイラは左腕一本で獣耳の女性を担ぎ上げる。
「それじゃあな、ワッカ。いろいろとありがとう。みんなにもよろしく伝えてくれ」
「あ、あァ……」
ワッカは、言葉に詰まり、嗚咽をこぼす。アサイラは、気持ちを振り切るように発掘者<スカベンジャー>へ背を向ける。
アサイラの眼前には、ノイズまみれの『扉』が具現化していた。
「通るなら、早く。維持するのも、けっこう大変なのだわ」
『淫魔』が、開いた『扉』の向こう側の空間から顔を出す。額には、わずかに汗がにじんでいる。アサイラは、『扉』のなかに足を踏み入れる。
「勇者サマぁ──ッ!!!」
閉じる『扉』の隙間から、ワッカの叫び声が聞こえてきた。
→【傷痕】
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