200209パラダイムシフターnote用ヘッダ第13章02節

【第13章】夜明け前戦争 (2/12)【湖面】

【目次】

【正妻】

「次元世界<パラダイム>の再生……『龍剣』には、そんな力もあるのか」

「上位龍<エルダードラゴン>の骨ともなれば、すさまじい導子力を内蔵しているだろうけど……あらためて聞いても、驚きだわ」

「……わたくしは、他の次元世界<パラダイム>に『龍剣』の存在が伝播していると聞いて驚きました」

 わずかのあいだ、沈黙を保っていたクラウディアーナがふたたび口を開く。

「わたくしがしたことは、材料となる尾の骨を差し出したくらいですわ。造り出すにあたっては、人間の職人や魔術師、他のドラゴンの力を多分に借りました」

 龍皇女は、ふう、とため息をつく。その口元に、自嘲的な微笑みが浮かぶ。

「そのとき関わった者が次元転移者<パラダイムシフター>となり、他の次元世界<パラダイム>に『龍剣』の製法を伝えたのかもしれませんね」

「そんな大切な『龍剣』を……」

 アサイラは、すこしばかり物怖じするかのように、控えめに言葉を紡ぐ。

「……俺に渡しても、だいじょうぶなのか?」

「うふふふ。我が伴侶、現在のこの次元世界<パラダイム>を見て、荒廃していると思いますか?」

 龍皇女は、もとの微笑みのヴェールで顔をおおい、青年のほうを見る。クラウディアーナの問いに、アサイラは首を横に振る。

「その通り。わたくしの『龍剣』は、もう仕事を果たした、そういうことですわ」

「皇女どの。もうひとつ、質問がある」

「ディアナ、と呼んでいただきたいですわ」

「……ディアナどの。『龍剣』を使って、荒廃した次元世界<パラダイム>を再生させたことはわかった。ならば、これは、仮定の話になるんだが……」

 今度はアサイラが、龍皇女を真剣な眼差しで見つめ返す。

「……仮に、次元世界<パラダイム>が死んだ場合、それを生き返らせることは可能なのか?」

 クラウディアーナは、ふたたび前方を向く。口元に微笑みを浮かべ、目を細め、沈黙を守り、青年の質問には答えない。アサイラも、『淫魔』とともに正面を見やる。

 眼前の空間が開き、いっそう強く陽光がきらめく。鏡のように輝きを反射する水面が現れる。龍皇女の『庭園』の中心地であろう場所には、湖が広がっていた。

 その中央に、なにかが突き刺さっているのが見える。なにも知らなければ、その形状から石碑のようにも思えただろう。

 前方に立ち、先導をつとめていたアリアーナが、わきにどける。クラウディアーナは、湖の中心を白い手で指し示す。

「どうぞ。我が伴侶……」

 アサイラはうなずき、下草の大地から水面へと足を踏み出す。水域は浅瀬になっていて、足首あたりまでしか沈まない。

 湖面に波紋を広げながら、青年は歩みを進めていく。住人である小魚たちが、珍客の来訪に驚き、背中で光を反射しながら逃げ離れていく。

 やがて中心地にたどりついたアサイラは、苔むした『龍剣』の柄に手を触れる。握りしめ、力をこめる。

 水底に穿ちこまれた大剣は、驚くほどあっさり引き抜かれ、青年の手におさまった。

「……これか」

 アサイラは、陽光に照らし出される刀身をしげしげと眺める。『それ』は、思ったほどには大きくはない。

 もちろん、剣としてはサイズがある部類だろう。長さは、青年の身の丈を少しばかり上回る程度。刃も、それに見合った幅を持つが、標準的な両手剣の範疇だ。

 両手で『龍剣』を握り、天にかざしながら、アサイラは深く思案するように眉根を寄せる。しばしの間、そうしたあと、ゆっくりと湖の岸へと戻っていく。

「どうだったのだわ、アサイラ!?」

 喰い入るように身を乗り出した『淫魔』が、青年に尋ねる。アサイラは、顔をしかめたまま、『龍剣』の刀身を見せる。

『それ』は、泥にまみれ、薄茶色に変色し、乱杭歯のように刃こぼれしていた。よく目を凝らせば、細く小さな亀裂が幾重にも走っている。

「千年ものあいだ、この次元世界<パラダイム>をつなぎ止める『楔』の役割を務めていたのですから」

 経年劣化も当然といった様子で、表情を変えずにクラウディアーナは言う。側近龍たちは、主君に同意するようにうなずいてみせる。

 アサイラと『淫魔』は、龍皇女たちの言葉にかまうことなく、年経た『龍剣』を挟んで顔をつきあわせる。

「……クソ淫魔。これで、あの次元障壁を破れると思うか?」

「十中八、九、このままでは無理だわ」

「だろうな」

 眉間にしわを寄せて、朽ちかけた刃に視線を落とす二人のまえに、純白のドレスのスカートを揺らしながらクラウディアーナは歩み出る。

「お気に召しましたか、我が伴侶」

「龍皇女、あなた……ッ!」

 腰を屈めていた『淫魔』は、勢いよく立ちあがると、龍皇女に詰め寄る。

「……わかっていて、私たちを案内したわね?」

「さて、『淫魔』……そなたは、なんのことを言っているのだか」

 クラウディアーナは微塵も動じることなく、静かな声音で応じる。銀色の髪のしたで、琥珀色の瞳が意味深な微笑みをたたえている。

『龍剣』のまえにひざを突いたまま、アサイラは深いため息をつく。ともすれば、吸いこまれそうな龍皇女の視線が青年を見おろし、艶やかな唇が動く。

「せっかくですから、我が伴侶。わたくしの宮殿に、しばし逗留なさることを勧めますわ。他の正妻候補たちや、不本意ですが『淫魔』の客間も用意いたしましょう」

「そんなことをしている暇はないのだわ、龍皇女!」

 あくまで慈悲深く、好意的に語りかけるクラウディアーナに対して、アサイラの返事を待たずに、『淫魔』が割って入る。

「アサイラ、忙しくなるのだわ!」

 黒髪の青年は、『淫魔』に対してうなずき返しながら、腰をあげる。

 紫色のゴシックロリータドレスの女は、虚空に向かって手をかざす。景色にノイズが走ると、木製の『扉』が忽然と姿を現す。

「ああ、ここは結界のなかだったのだわ……龍皇女、私たちの退出を許可しなさい。無理に引き留めると、アサイラがなにをしでかすかわからないわよ?」

「他人のことを、猛獣かなにかみたいに言うな。クソ淫魔」

 クラウディアーナは、目を丸くする。そして、アサイラと視線を重ねる。蒼黒の瞳孔の奥に、妄執じみた確固たる意志の光を見る。

「……わかりましたわ。我が伴侶、それに『淫魔』」

「あら。思ったより話が早くて助かるのだわ、龍皇女」

 アサイラは『龍剣』をかつぐ。青年を後目に『淫魔』は、『扉』に手をかけ、押し開く。戸の隙間から虚無空間がわずかにのぞいたところで、女は背後を振り返る。

「そうだわ、龍皇女。なんなら、一緒に来る?」

 予想外の提案を受けたクラウディアーナは、思わず表情を失う。主君の背後では側近龍たちが唖然とした表情を浮かべ、反射的に声をあげそうになり口元をおさえた。

【来訪】

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