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【第□章】メビウスの輪を巡り (3/4)【抵抗】

【目次】

【螺旋】

 夜の空を一筋の輝きが駆けていく。虹色の尾を引く、パンドラの流星だ。この光景を見るたび、ルーク少年は自分が生死のループを巡っていることを思い出す。

 これは、m回めだ。『前回』は、アトランティス中央研究所にたどりつくことしかできなかった。今回は、どうだろうか?

 少年の夢想は、それ以上、続かなかった。パンドラの流星の様子が、『前回』と違う。虹色の尾が走り抜けた夜空に、白く細く長い軌跡が残っている。

 ひっかき傷のように夜天に刻まれたラインから、放射状に無数の線が伸びていく。星空が、割れた。そうとしか、形容のしようがなかった。

 天の割れ目の向こうには、極彩色の空間が広がっている。そこから、黒ずんだ血肉のようなうごめく塊が、離れた街へと落下していった。

 人類は、『前回』までのように『パンドラの欠片』を手にすることはなかった。当然、パンドラ解析プロジェクトも発足されず、未来からのメッセージも見つからない。

 かわりに、第三次世界大戦とは異なる争いが始まった。空のひび割れの彼方からやってきた存在は、明確な悪意をもって、人を、都市を、動植物を襲った。

 各国の軍隊が、正体不明の敵性存在に立ち向かった。大国が、独断で核ミサイルを使用した。それでも、天の割れ目の向こうから止めどもなく悪意がこぼれ落ちてくる。

 瞬く間に、人類の居住可能地域は三割ほどとなった。共通の敵をまえにしながら、人間たちは残された土地を奪いあい、そこを異形の化け物どもが呑みこんだ。

 国連は、機能不全に陥りかけながらも、人類の最後の砦を築こうと奔走した。大西洋上に、避難シェルターとなる巨大海上都市を建設する。名前は、『アトランティス』。

 瀕死の人類が打った窮余の一手を、オワシ・コンツェルンが受注した。巨大複合企業は、見る間に人工島を完成させた。

 そうこうしている内にも、化け物は文明を蹂躙し続けた。しかし、巨大海上都市の存在は、多くの人々にとって実感を伴った希望となり得なかった。

 オワシ・コンツェルンは、国連との約束である難民保護を無視し、富裕層のみを人工島へと招き入れた。もはや巨大海上都市を、本来の名前である『アトランティス』と呼ぶものはいなかった。

 より多くの人間を受け入れるスペースを作る、という名目で築かれた海上都市の超々高層ビルが、世界をおおう破滅の光景と重ねて『バベル』と呼ばれるようになった。

 オワシ・コンツェルンが海面から空へ向かって伸ばし続けているタワーの正体は、軌道エレベーターであり、企業上層部と富裕者たちは宇宙への脱出を目指している……そんなうわさが、まことしやかに流れた。

 青年となったルークは、ウォーレス教授と巡り会うことはできず、研究者にもなれなかった。代わりに、地球防衛軍所属の技術者となった。

 地球防衛軍。大仰な名前とは裏腹に、各国の軍隊の生き残りに、出自不明のならず者とやぶれかぶれの若者が集まった、自警団と愚連隊を足しあわせたような集団だ。

 それでも、国連が沈黙し、オワシ・コンツェルンが海上都市の防衛以外に戦力を割かない状態では、人類を守りうる唯一の存在だった。

 ルーク青年は、これまでのループでつちかった知識をもとに、必死で戦闘員用の装備を開発した。

 生還した兵士が持ち帰ったパンドラの怪物の断片を解析し、異形の細胞を機能停止させる特殊弾頭を立案し、相手の攻撃に最適化した専用の防護服もデザインした。

 でこぼこの廃墟で立体的に襲いかかってくる異形のモンスター相手には、従来型の戦車は役に立たない。多脚型立体軌道戦車を設計した。

 ルークの開発した装備は、大きな効果を上げた。戦闘員の生還率は大きく向上した。兵員たちの評判もよく、そこから貪欲にフィードバックを吸いあげ、さらなる改良を重ねた。

 それでも、無尽蔵に湧き出てくる怪物との戦力の差は如何ともしがたい。青年技術者は、各地に生き残っている戦力との連携の復旧を試みる。

 生き残っている地表の回線と軌道上の衛星のネットワークを再構築し、ついには通信の回復を成しとげた。

 使えるようになった衛星のなかには、気象観測用や軍事用のものもあり、地表をうごめくパンドラの怪物の動向も、ある程度ならば軌道上からの監視が可能となった。

 圧倒的不利な状況に変わりはないが、異形の群れに対してかろうじて対抗できる体勢が整った。ようやく地球防衛軍は、その名にふさわしい活動が可能となった。

 各地で分断されていた人類戦力を結集し、残されたわずかな居住地から異形の怪物を押しかえしていく。絶望を通りこして死人のようだった隊員たちに、人間的な感情が戻り始めた。

「俺たちが戦い続けられるのも、おまえのおかげだよ、ルーク! まるで、この事態を予知していたかのようだ!!」

 同僚の一人が、そう声をかけて、青年技術者をたたえた。当人としては、歯がみする思いだった。

 少しでも状況を改善しようとm回ものループをくりかえしながら、いま、人類は最悪の歴史をたどっている。

 地球防衛軍は、善戦した。それでも、徐々に後退を余儀なくされる。異形のモンスターの物量に底は見えず、対して部隊の補給はつねに欠乏との戦いだった。

 あるとき、ルークの所属する部隊はアメリカ東海岸、ワシントン跡へ向かっていた。かの都市の生き残りが、救難メッセージを送ってきたからだ。

 ワシントン跡に、パンドラの怪物が寄ってきている。別働隊からの報告では、それほど大きな規模ではない。現在の戦力で十分、撃退可能だ。指揮官は、そう判断した。

 一人の技術者にすぎないルークであったが、部隊の決定に異存はなかった。いまは廃墟となった都市とはいえ、工業設備などが生き残っていれば、当座の拠点にもなる。

 しかし、直感的な違和を覚えた。現地に向かう装甲車のなかで、ルークは手元のデータをつきあわせ、ネットワークから情報を収集した。

 ラグとノイズに阻まれながら、気象衛星からの画像が送られてくる。ルークは、目を見開いた。ワシントン跡は、すでにパンドラの怪物に呑まれている。

 それだけではない。異形の群れは、報告されていた十倍ほどの規模がある。青年技術者は、とっさに別働隊からの哨戒報告を再精査する。

 ワシントン跡に迫るパンドラの怪物の規模は大きくない……そのメッセージを送ってきたのは、友軍ではなかった。そも、救難メッセージ自体も、違う地点からのものだ。

 巧妙に偽装されていたが、本来の発信元はオワシ・コンツェルンの本拠地である大西洋上の人工島だった。ルークは、悪辣なコングロマリットの思惑を看破する。

 おそらく、海上都市へ迫るパンドラの怪物の大群を察知した巨大企業は、地球防衛軍をおとりと足止めに使うことにしたのだろう。

 青年技術者は、憤怒の表情を浮かべながら通信機を手に取り、指揮官に仔細を伝えようとする。次の瞬間、装甲車が急ブレーキをかけ、ルークの身体は横倒しになる。

 激しい振動、装甲越しにも聞こえてくる銃声と悲鳴。遅かった。部隊は、ワシントン跡を呑みこんだ怪物の大群と接触した。

 運転手が、装甲車を後退させようとする。タイヤが空転する。できない。ルークは、自動小銃を手に取り、外へ飛び出す。直後、自分の乗っていた車両は異形に潰される。

 最悪の予想通り、部隊はパンドラの怪物に包囲されていた。

 赤黒い血肉の塊でできた巨人が、青年技術者の設計した多脚立体軌道戦車を易々と叩きつぶす。クモやムカデ、イナゴを思わせる異形が、隊員たちをむさぼり喰っていく。

 ルークは、戦闘員とともに必死でアサルトライフルのトリガーを引いた。人類の必死の抵抗をあざ笑うように、毒々しい色のヘドロが津波のように迫ってきた。

 青年の意識は、そこで途絶えた。

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 m+1回めの目覚め。ルークは、パンドラの流星を目にすることすらなかった。彼が産まれたのは、空を見あげることもかなわない地下シェルター都市だった。

 パンドラの流星の到来も、それに伴う異形の群れの出現も、ルークの出生より以前の出来事となっていた。人々はパンドラの怪物の蹂躙から逃れ、地面の下に潜り、細々と命をつないでいた。

【終点】

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