【第4章】彼は誰時、明けぬ帳の常夜京 (12/19)【交錯】
【工作】←
「はずしたか」
謎の人影が、闇のなか、ゆっくりと立ち上がる。ミナズキは、声色で男性と判断した人の姿を、あらためて見やる。
かがり火に照らし出されるその姿は、男性であるのは間違いないが、じつに奇妙な風貌をしていた。
藍色の下袴は、ぴったりと脚に張り付くような形状をしている。上半身をおおう袍も見たことのない作りで、これまた身体の線がよく見える。
黒い髪は、結うわけでもなく、女髪のように伸ばしながら、耳の下あたりで短く切りそろえられている。年の頃は、ミナズキと同じていどか。
少なくとも、陽麗京や都の周辺に住まう人間の格好ではなかった。
「災難ってやつは、立て続けに起きるぜ……どれ。てめえ、何者だ?」
シジズは、首の後ろをかきながら、立ち上がる。
「おまえこそ、なんだ。セフィロトエージェントか?」
相対する男が、誰何に対して誰何で返す。黙り込むシジズに対して、青年は検非違使の右手に握られた太刀を指さす。
「振動剣、っていうのか? その武器、どう見ても、この次元世界<パラダイム>で造られたものじゃねえだろ」
「……ずいぶんと、お詳しいもんだぜ」
シジズの太刀は、相も変わらず、耳障りな羽音を立て続けていた。奇怪な刃の持ち主は、足下に唾を吐き捨てる。
「なるほど。蒸気都市のエージェントをやったっていうのは、てめえか。本社からの情報なら、すでに届いているぜ」
無骨な両手が羽音の太刀の柄をつかみ、シジズは上段に構える。
「どれ。てめえをぶっ殺して査定ボーナス、と前向きに考えるとする、ぜッ!」
シジズが、斬りかかる。相対する青年も、同時に踏み込む。男の足が、路面の土を大きくえぐる。牛馬よりも、はるかに力強い。
「死ねえアァァ!」
シジズが、咆哮する。
謎の青年と検非違使之輔が、交錯する。羽音の太刀を、シジズは振り下ろそうとする。刹那、対する男が手刀を打ち込む。
「──なあッ!?」
シジズは目を見開く。青年の手刀が、太刀の柄に叩きつけられ、甲高い音が響く。シジズは体勢を崩し、謎の男はさらに一歩、踏み込む。
「ウラアァァ──ッ!!」
旋風のごとく腰を回転させて、青年の拳は、大槌のように力強くシジズの脇腹に穿ちこまれる。
「うベラあぁーッ!?」
シジズは、胃液を吐瀉しつつ、苦悶の表情を浮かべて三歩後退する。青年は、いっさいの容赦なく追撃の態勢をとる。
そのとき、シジズの束帯の袖から、なにか丸い物体が足下に転がり落ちる。青年は、とっさに歩を止め、両腕で顔をおおう。
──カッ!
『常夜の怪異』におおわれて以来、見たことのない鮮烈な閃光が、二人の男の足下からほとばしる。ミナズキの視界が、白い煌めきにつぶされる。
目をくらまされたのは、青年も同様だった。ミナズキは、頭を降り、どうにか視力を取り戻そうとする。
ミナズキが、おぼろげながらも周囲の様子を捉え始めたとき、シジズの姿はすでにない。ただ、遠ざかる馬の蹄の音だけが聞こえてきた。
→【元凶】
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