【第2部23章】世界騎士団 (1/4)【発射】
『たたっよたったた! 敵戦闘機のデータ分析完了! セフィロト企業軍の制式採用機の改修モデルということね!!』
『ミュフハハ、さすがにわずか半年で完全新型機のロールアウトは不可能か! そういうことならば話は早いかナ!!』
次元巡航艦『シルバーブレイン』の上部甲板に生身で立つアサイラは、周囲に展開するグラトニア帝国軍航空部隊を見やりながら、耳道にはめこんだ導子通信機から聞こえるどこか楽しげな科学者親子の声を聞く。
次の瞬間、包囲網を敷く戦闘機の編隊が乱れはじめる。ジェットエンジンが逆噴射を始め、高度を落とす機体がいる。搭載機銃がでたらめに乱射され、同士討ちを始める。
「航空機に限らず……旧セフィロト社の戦闘機械群は、導子通信ネットワークによる連携を前提としている。そして……技術開発部の主任を務めていたこのワタシは、セキュリティからバックドアまで熟知している! システムハックなど、赤子の手をひねるようなものかナ!!」
「……やはり、俺は不要じゃないか?」
上部甲板で身構えつつも、アサイラは半ばあきれ顔でつぶやく。このままなら、放っておいてもドクター・ビッグバンの手で敵戦力は壊滅する。そう思ったとき──
『……アサイラお兄ちゃん、気をつけてということねッ!!』
「グヌ……ッ!?」
気が抜けかかっていた黒髪の青年は、通信機越しにララの警告を聞いて意識を引きしめる。戦闘機たちが、一度は乱れた統制を取り戻し、ふたたび編隊を組みなおしていく。
『ネットワークから遮断することで、ハッキングの影響を排除し、体勢を立てなおしたか……なんとなればすなわち、これが改修ポイントかナ。スタンドアロンでも、動作可能になっているようだ。このやり口には、見覚えが……』
「悠長に解説している場合か! グヌッ!?」
先陣を切る戦闘機たちが、次元巡航艦に向けて急接近をしかける。生身のアサイラは、手も足も出せない。速度と高度に差がありすぎる。
『急速回頭を試みる! 各員、慣性に備えたまえッ!!』
ドクター・ビッグバンの号令と同時に、次元巡航艦の船体が乱暴に揺れる。黒髪の青年は、とっさに四つん這いになって上部甲板にしがみつく。
──ズガガガッ!
四方八方から浴びせられる機銃掃射の弾丸が、アサイラの背をかすめる。仮にも艦である『シルバーブレイン』の図体では、完全に回避することはかなわない。重金属の礫が着弾し、ぶ厚い装甲をささくれ立たせる。
『アサイラくん、なにをしているのかナ? ララの手前、このワタシに見せ場をゆずってくれるのは嬉しいが、なんとなればすなわち、遠慮はいらない。どーん、と派手にやりたまえ!』
「なんとかと紙一重のバカか、ハゲ博士! 常識で考えて、高速で飛びまわる戦闘機相手に、生身でどうにかできるわけないだろう!?」
『そこは、ララにお任せということね!』
総指揮官である老博士に対する悪態に、孫娘である少女が返答する。黒髪の青年は、いやな予感を覚える。ブリッジ内で、リーリスのわめく声が聞こえる。
『ちょっと、ララちゃん!? そのメモリーカード、なんなんだわ!!』
『たったよたた、仮想カタパルトの展開プログラムということね! 導子力場<スピリタム・フィールド>の三次元形態変化によって、物体の高速射出装置を仮想構築するの……本当は『シルバーコア』で実装したかったんだけど、導子量が足りなくて……』
『グリン! これからなにが起こるのかだけ、簡潔に説明してほしいのだわ!!』
『ミュフハハハ、実に興味深いかナ! やりなさい、ララ!!』
『わあっ! もちろん、ということね!!』
異議も質問も挟むひまの無いまま、倒れ伏す黒髪の青年の身体が上部甲板を前方へ向かってすべりはじめる。アサイラは、慌てて立ちあがり、体勢を整える。
生身のまま、ぐんぐん加速していく。風圧が全身にぶつかる。周囲の風景が歪んで見える。黒髪の青年は直感的にスキージャンプのような体勢をとる。
『速度十分……軌道計算、およびパラメータ入力完了……アサイラお兄ちゃん、発艦ということね!』
人間を生身のまま射出する艦があるか、という心の叫びを黒髪の青年は呑みこむ。下手に口を開こうものなら、自分の舌を噛みちぎりかねない。
アサイラの足が、次元巡航艦の上部甲板から離れる。身体が、弾丸のごとく高速射出される。発艦時に回転がかかっていたのか、慣性で飛ぶ黒髪の青年の軌道が曲がる。
コンマ数秒で、敵戦闘機のひとつに肉薄する。操縦手が戸惑いの表情を浮かべた気がする。当たりまえだ。アサイラは思考をあきらめ、なかばやぶれかぶれで、肉体の制御を反射と本能に明け渡す。
「……ウラアアアッ!」
黒髪の青年の咆哮が、薄曇りの空の下に響く。アサイラの右脚は跳び蹴りのごとくまっすぐ伸ばされ、戦闘機のキャノピーを突き破り、パイロットの頭部を踏み砕く。
素早く脚を引いた黒髪の青年は、制御を失った戦闘機の背を踏み台にして、跳躍する。すぐ後方に控えていた戦闘ヘリに向かって飛びかかる。
アサイラは装甲ヘリコプターの側面を強く蹴って、地面と垂直方向になりながら、重力を振り切るがごとく駆ける。テールローターに狙いを定め、上半身をひねる。
「ゥゥゥウウラアッ!!」
黒髪の青年は身を回転させながら、渾身の手刀を戦闘ヘリの機体尾部に叩きつけ、へし折るように切断する。鋼鉄の猛禽は制御能力を失い、よろめきながら失速していく。
無我夢中で暴れまわったアサイラもまた、きりもみ回転しながら落下していく。その黒髪の青年を、先回りした次元巡航艦の船首が受け止める。
導子力場<スピリタム・フィールド>とやらのおかげだろうか。着地の衝撃は、ほとんどない。
『わあっ! 計算通りということね……ぶつけ本番だったけど、大成功!!』
『ミュフハハハ! さすがは、このワタシの孫娘かナ、ララ!!』
耳道にはめこんだ通信機越しに、場違いに陽気な快哉をあげる声が聞こえる。アサイラは、大の字に倒れこんだまま呼吸を整えると、バク転して立ちあがる。
『グリン……アサイラ、だいじょうぶだわ? はたから見てると、なんの罰ゲームだって感じだったけど……』
「ピンボールの玉にでもなった気分だが……思ったほど、問題はない。『伯爵』が使っていた重力フィールドと似た感触か……ララ、もう1回、行けるか?」
黒髪の青年は、両手のひらをにぎり、開いて自分の身体の塩梅を確かめる。オペレーター席に座っているであろう、少女の返答は遅い。
『もちろん、と言いたいところだけど……ちょっと待って、アサイラお兄ちゃん! 遠隔センサーが、高導子反応を感知ということね!!』
『なんとなればすなわち! ララ、方角と距離は!?』
『方角、本艦直上! 距離、というか高度は……およそ、3から4万キロメートル!!』
『グリン、そんな上空から!? 次元世界<パラダイム>の外に出ちゃうのだわ!!』
『なんとなればすなわち……可能性としては、衛星兵器かナ』
通信機越しに聞こえるブリッジの喧騒に混じって、ドクター・ビッグバンの冷静な声が聞こえる。
船首のうえに立つアサイラは、ララの警告を裏付けるように、戦闘機たちが次元巡航艦から離れていく様子を見た。
→【無茶】
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