【第2部24章】永久凍土の死闘 (6/8)【回転】
【拒絶】←
「──だったら、死ね!」
ライゴウの左張り手が、メロの顔面めがけて削岩器のごとく振りおろされる。魔法少女は、とっさにしびれる指でかろうじて握り続けていたリングを背中にすべりこませる。
「つながれ! 『希望転輪<ループ・ザ・フープ>』ッ!!」
メロの得物である輪の内側が揺らめき、亜空間へと接続される。少女の身体が転がりこむように、ここではない場所へと逃れていく。刹那、ライゴウの張り手が空を切る。
「消えた……これが、嬢ちゃんの転移率<シフターズ・エフェクト>か」
一対二輪のリングの片割れ……男を拘束し、そして破かれて凍原のうえを転がっていた側から、メロの華奢な身体が飛び出てくる。きょろきょろと首を振るライゴウの真後ろだ。まだ、相手は気づいていない。
「……ええーいッ!」
亜空間トンネルの出口となったリングをつかむと、メロは男の筋肉の浮き出た背中へ向かって投げつける。
「どっせい──!」
魔法少女の攻撃を察知したライゴウは、振りかえりざまに張り手を繰り出し、回転輪を迎え撃つ。強烈な膂力によって押し返され、リングは飛来した方向をさかのぼるようにメロへと戻っていく。
「まだまだ……ッ!」
魔法少女は、打ち返されたリングを側転で回避する。男のパワーと反応速度なら当然あり得る反撃であり、想定の範囲内だ。メロは、輪の飛んでいく方向を、目で追う。
(まだまだ……メロのパワーが、足りないのね……!)
己の無力さを苦々しく思いながら、魔法少女は胸中で独りごちる。スカートをひるがえし、両足で凍原を踏みしめるとき、ライゴウはすでに腰を落として突進の構えをとっている。対するメロは、得物が手から放れたままだ。
「女子供をいたぶる趣味はないが……なに、ここまで暴れまわるじゃじゃ馬とあっちゃあ、手に負えねえってことよ。嬢ちゃん、悪く思うな」
男の低い声が、どこか遠くに聞こえる。メロは、ここ半年、旅の道すがら龍皇女につけてもらった体術鍛錬のことを思い出す。
そこで、クラウディアーナが強調したのは『回転の動き』だった。回転や螺旋──すなわち『循環』を正しく描くことができれば、物事の力を100%以上引き出すことができる。体術にも魔術にも通じる、基本にして奥義だと。
メロは、得物のリングをより正確に回転できるように心がけた。そのためには、投擲フォームの時点から正しい回転を描く必要があった。
リングの飛翔速度と打撃威力は、大きく向上した。最初は龍翼1枚で相手をしていたクラウディアーナは、2枚、3枚と次第に数を増やしていき……そこで、行き詰まった。
「……回転、螺旋、そして循環……」
魔法少女は、小さな声でぶつぶつとくりかえし自問する。おそらく己は、龍皇女の言うところの正しい『回転の動き』に到達できていない。だから、ライゴウに歯が立たない。
メロのパワーはライゴウに遠くおよばず、スピードを活かすための跳躍も封じられている。ドロボウの経験から、小細工には多少の心得があるものも、それを積みあげてもまだ足りない。
メロの両の拳を握りしめる手に力がこもり、額には脂汗が浮かぶ。対するライゴウは、もうもうと蒸気機関のごとき白い吐息を吹く。
極限の死線をまえにして、魔法少女の脳裏に天啓のごとき光景が浮かぶ。北極星を中心に、輪を描くように巡る星空……曇天におおわれた蒸気都市ではほとんど見られず、ほかの次元世界<パラダイム>に渡って、はじめて目にしたパノラマだ。
(あ……もしかして、『回転の動き』って……)
メロは、狭くなっていた視野が急激に広がっていく感覚を味わう。凍原のうえを転がっていく、一対二輪のリングの位置を関知する。
(自分のことだけじゃなくて……戦う相手とか、まわりにあるものとか……もっと行っちゃえば、世界とか、宇宙とか……ディアナさまは、そういうことを……?)
ふたつの輪が、魔法少女を中心に点対象の円を描いている。メロは、思念でリングを動きを微調整し、できるかぎり正確な円の軌跡となるよう試みる。
(そうだ……自分のパワーが足りないのなら……相手のパワーも利用しちゃえばいいのね!)
魔法少女は、強ばった手のひらを開き、ふたたび握りしめ、身構える。対峙するライゴウが動きはじめる。マンモスのごとき勢いの突進。それに比べたら、せいぜい自分はネズミ程度の存在だ。
(それでも……メロはいま、回転の中心にいるッ!)
「──どっせいッ!」
戦車を思わせるライゴウの体躯が眼前に迫り、大砲のごとき張り手が迫る。魔法少女の目には、男の動きがスローモーションに映る。メロは、わざと後ろへ倒れこむようにバランスを崩しながら、足の裏を宙に浮かせる。
「うぐぐ、ぐ……ッ!」
両腕を交差して、張り手を受け止める。骨がきしむ。痛みに耐える。魔法少女の華奢な身体が後方へ向かって、ものすごい速度で吹き飛ばされる。
だが、刮目したのはライゴウのほうだった。メロは、自分のちょうど真後ろにリングを配置していた。輪の内側に形成された亜空間トンネルのなかへ、魔法少女の身体が呑みこまれた。
→【足元】
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