【第12章】龍たちは、蒼穹に舞う (3/12)【庭園】
【側近】←
「結界魔法をめぐらせてあります。もし侵入者があれば、すぐに気がつくでしょう」
龍皇女の側近を名乗るアリアーナは、振り向きながら、金色の髪を揺らす。『龍都』の北方に鎮座する台地のふもと、その一画が側近龍の『庭園』だった。
波ひとつ立てず透き通った水をたたえる池を中心に、木立が広がり、柔らかな日差しが頭上から注ぐ。足下には、上等なじゅうたんを思わせる柔らかい下草が茂る。
アサイラとアリアーナを乗せてきた騎馬は、緊張した様子でその場にたたずみ、つながずとも動く様子もなかったが、側近龍に頭をなでられると、下草を食み始める。
「きれいな森だな」
「龍皇女殿下が、与えてくださった土地なのですよ。人間のいうところの、自宅、というものになるのでしょうね」
「ドラゴンってのは、野ざらしで寝るものなのか?」
「くすくす。人間態ならともかく、本来の姿……龍態でくつろげる住居を造ろうとしたら、それだけで一大事なのですよ」
「確かに」
「でしたら、自然の土地の環境を、魔法<マギア>で雨風しのげるように整えて、棲み処にしたほうが効率的ですし、居心地もいいというものなのですよ」
「そういうものか」
「もちろん、龍皇女殿下には宮殿がありますし、魔法<マギア>が不得手な龍は、天然の洞穴などを使います。虚栄心が強い龍だと、わざわざ邸宅を造らせる者も」
「それで? 見ず知らずの俺を、文字通り自分の『庭』まで招き入れなければならないほどの理由ってのは、なにか?」
黒髪の青年の問いに、人間態の側近龍はため息をつきつつ、泉のほうに視線を向ける。上空から小鳥が水面をかすめ、波紋が広がる。
「……セフィロト」
アリアーナが、ぼそりと、つぶやくように口にした単語を耳にして、アサイラは眉根を寄せる。人間態の側近龍が、碧眼を青年に向ける。
「彼の者どもが、我々の次元世界<パラダイム>に食指を伸ばしていることは、アサイラさまも、すでにご存じのことと思います」
「まあ、な」
今度は、アサイラが視線をそらす。
つい先刻の『龍都』での襲撃は、あきらかにセフィロト社の刺客だった。ここに来るまでの道すがら、別のエージェントととも会敵し、戦闘している。
「近日中に、龍皇女殿下の婿を決定する競技会が開かれることは、申しあげたとおりです。この参加者に、セフィロトの手の者が紛れこんでいるようなのですよ」
「信用できる情報なのか?」
「託宣はもちろん、我々が独自に調査したうえ、導き出した結論です。彼の者の息がかかった存在が、龍皇女殿下の婿となる資格を得れば、どんなことになるか……」
白いドレスに身を包んだ龍の乙女は、アサイラのほうに向き直り、蒼黒の瞳を真正面から見据える。
「龍皇女殿下の名代として、そして側近龍の総意としてお願いいたします。どうか、セフィロトの手の者の優勝を、阻止していただけないでしょうか……?」
黒髪の青年は、金色の髪の影からのぞく碧眼を見つめ返す。見た目こそ若い女性だが、瞳の奥に宿る意志の輝きは、人間を越えた存在の強さをたたえている。
「……確かに、俺はセフィロト社の連中とことを構えている」
アサイラは、慎重に言葉を選ぶ。上位龍の存在に気圧され、呑まれないように、へその下に力をいれて、心を強く保つ。
次元世界<パラダイム>の管理者側から、友好的なコンタクトをとってくれたことは僥倖だが、まだ、味方になると決まったわけではない。
「おまえたちの託宣とやらで、俺の情報をどれだけ得ているかは知らないが……俺の目的は、この次元世界<パラダイム>にあるという『龍剣』だ」
黒髪の青年は、ゆっくりと、自分の意をこめて、言葉を紡ぐ。人間態の側近龍は、表情を微動だにせず、耳を傾け続ける。
ドラゴンの骨を鍛えあげることで造り出される『龍剣』は、貴重な宝物だ。簡単には、渡してもらえないだろう。最悪、強奪も視野に入れなければならない。
「セフィロト社の連中は、確かに敵だ。だが……おまえたちの競技会とやらと、俺の目的とは関係がない」
「お探しの『龍剣』は、龍皇女殿下の手の内にあります」
はっきりと言い放ったアサイラに対して、アリアーナは即答する。側近龍の迷いのない返事に、黒髪の青年は目を丸くする。
「『龍剣』をお渡しできるかどうかは、龍皇女殿下の一存。側近龍の立場からは、確固たる約束はできかねます。しかし──」
金色の髪の乙女は、一度、息を継ぐ。サファイアのごとき碧眼の視線が、アサイラを射抜く。まるで、心の底まで見透かされているかのような錯覚を味わう。
「──競技会に参加し、優勝すれば、だれはばかることなく龍皇女殿下と面会することができます。当然、殿下も、我々も、協力者を無下にするつもりはありません」
穏やかに、丁寧に、言葉を紡ぐアリアーナの瞳の奥に、ふと、アサイラは焦りの色のようなものを感じ取る。
側近龍ほどの上位のドラゴンともなれば、力ずくで従わせたいという衝動もあることだろう。あくまで対等な交渉の場を設けたこと自体、誠意の証拠といえた。
「……わかったよ」
アサイラは、後ろ手で髪の毛をかきながら、龍の乙女にうなずきを返した。
→【幻術】
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