【第15章】本社決戦 (21/27)【放逐】
【錯誤】←
「これでいいのね? って……あわわっ!!」
身悶える浮遊怪魚が、苦痛と憎悪の表情を浮かべ、メロに向かって殺到する。少女の前に、着流しの女と龍態のクラウディアーナが割ってはいる。
「させないのよな」
『その通りですわ』
首筋から鮮血のしたたる白銀の上位龍<エルダードラゴン>と、リンカの再現出させた『炉座明王<ろざみょうおう>』が、迫り来る巨大怪魚を押しとどめる。
「メロちゃん! このデカブツを、外に追い出すのだわッ!!」
「お姉さん、なんでメロの名前を知っているの……? ううん。いまは、それどころじゃないのね!!」
濃紫のゴシックロリータドレスに身を包んだ『淫魔』の声に、ピンクのフリルリボンの衣装をまとう少女は一瞬だけ目を丸くして、すぐに真上へ頭を向ける。
「──廻れ! 『希望転輪<ループ・ザ・フープ>』ッ!!」
両腕をまっすぐあげて、魔法少女が叫ぶ。ガラス張りの天井に張りついたフラフープが高速で回転を始め、亜空間トンネルを通じて外部へ空気を排出していく。
すると、眼前で異常が起こる。この場にいるなかで、もっとも大きな質量を持つはずの浮遊怪魚が、リングの穴に吸い寄せられるように身をくねらせる。
「うぬぬ、ぬぬぬ──ッ!!」
メロは、歯を食いしばり、フラフープへと自らの力を送りこむ。リングの回転と吸引が最高速度に到達する。だが、いま一歩のところで巨大怪魚も踏みとどまる。
右からリンカの『炉座明王<ろざみょうおう>』の握る炎の鎚が、左からクラウディアーナの三枚の龍翼が、それぞれ死霊の巨塊を叩きつける。
挟みこまれるような衝撃を受けて、『死怪幽魚<ネクロリウム>』はバランスを崩す。バケモノの巨体が、吸いあげられるように、上方に登っていく。
『今度こそ──やりましたかッ!?』
「そーいうの、フラグって言うのだわ。龍皇女……ほらあッ!!」
浮遊怪魚は、宙空でかろうじてバランスを取り戻し、急降下する。大きく開かれた顎の先には、フラフープの排出口を操るメロの姿がある。
魔法少女は、亜空間トンネルの吸引力をさらに高めようとする。できない。すでに、限界だ。腐臭の漂う口腔が、すぐそこまで迫っている。
「──救急如律令ッ!!」
ミナズキが、『淫魔』の背後から天井に向かって数枚の呪符を投げつける。八枚の霊紙は、螺旋を描きながら、超常の穴をあけるフラフープの周囲に貼りつく。
浮遊怪魚の動きが止まる。わずかばかり、巨体が上方へと押し戻される。メロの表情に、少しだけ余裕が戻る。
「あれ……ちょっぴり、軽くなったのね?」
「メロさん、と言いましたか……此方の霊力も、流しこみます! 二人で力を合わせて、この怨霊を外へと追い出しましょう!!」
「うん! ありがとう、えーっと……不思議な服の、エルフさん!!」
八卦盤のごとく配置された呪符から、魔法少女のリングへと、エルフ巫女の霊力が流入する。すでに限界かと思われた回転速度が向上し、吸引力も増していく。
空中ででたらめに身をよじりながら、『死怪幽魚<ネクロリウム>』も必死の抵抗を見せる。腐汁が社長室中にまき散らされて、あちこちで床を溶解させる。
クラウディアーナとリンカはメロの、『淫魔』はミナズキの身をかばいつつ、固唾を呑んで、成り行きを凝視する。怪魚は、わずかずつ上方へと釣りあげられていく。
「ふんぬうぅ、ぬぬぬぬぬうぅぅ──ッ!!」
「……森羅万象、天地万物、諸事万端ッ!!」
やがて、均衡の崩れる瞬間がやってくる。『死怪幽魚<ネクロリウム>』が、びくん、と身を震わせる。その巨体が、勢いよく天井に向かって吸いあげられていく。
回転するフラフープに衝突した巨大怪魚は、その内側に形成された亜空間トンネルのなかへと、掃除機で片づけられる埃のように呑みこまれていく。
浮遊怪魚は本社の外側、虚無空間へと放り出される。外殻壁と次元衝撃の間隙だ。『社長』にエネルギーを吸い尽くされ、導子防壁の輝きは消失しかけている。
巨大怪魚は、陸上に打ちあげられた水棲生物のように身を跳ねさせながら、必死に本社内部へと戻ろうとする。
ミナズキが霊力の供給を止め、メロが『希望転輪<ループ・ザ・フープ>』の能力を解除する。超硬質ガラスの天井に開いていた、亜空間の抜け道が消失する。
怪魚が白く濁った眼球を見開く。『死怪幽魚<ネクロリウム>』が、動かなくなる。数秒と待たずして、巨体は燐光のような無数の粒に変じて、雲散霧消する。
『ッシャア! 死んでも儂の役に立てないとは、何事かッ! この給料泥棒どもが……げぼ、げぼオッ!!』
パラダイムシフターの女たちが勝利の歓声をあげる間もなく、オワシ社長の怒号が響きわたる。その無貌が、仇敵たちを睥睨する。
天井から落下してきたフラフープをかろうじてつかみ取りながら、メロは肩を上下させて荒く呼吸する。ミナズキは『淫魔』の腕のなかで、ぐったり脱力する。
クラウディアーナは、龍態をむき直そうとして、よろめく。リンカは『炉座明王<ろざみょうおう>』を維持できず、炎の魔人の姿がほどけていく。
『げぼ、げぼお……っ。どうやら、小娘どもの始末も、この儂が直々に手を下さねばならんようだ。腹立たしいにも、ほどがある……』
老人の身を包みこむチューブの群れがミミズのようにうごめいて、リンカに焼き切られた右手を再構築していく。
チューブの巨人がゆっくりと歩を進めつつ、足元に落下した大剣を拾おうとする。刹那、小さな人影が素早く駆け抜け、社長よりも先に剣の柄をつかみとる。
『くわっ! 死に損ないの若造が……ッ!!』
「……死に損ないってのは、クソジジイ。おまえのことか?」
肩に『龍剣』をかついだ青年──アサイラが、オワシ社長とパラダイムシフターの女たちとのあいだに割ってはいる。
だが、青年の相貌には見るからに覇気がない。大剣の柄は、重そうに肩に喰いこみ、左右のひざは小刻みに震えている。
『どかんか! どこまでも礼儀知らずの若造め……貴様の処理は、あとでゆっくりとやってやる──ッシャア!!』
「……グヌウッ!?」
オワシ社長のまとう巨躯が、ひざ蹴りを放つ。アサイラは、ほとんど棒立ちの状態のまま、顔面に打撃を喰らう。
派手に吹き飛んだ青年は、『龍剣』を杖代わりにして、よろよろと立ちあがる。間髪入れず、巨人のローキックが飛んでくる。
のろのろとした動きのガードは当然のように間にあわず、ふたたび、アサイラは直撃を受ける。青年の身体が、路傍の小石のように吹き飛ばされる。
『さがるのですわ、我が伴侶! あとは、わたくしが戦います……ウッ!?』
龍態のクラウディアーナが青年に向かって叫ぶ。同時に、ドラゴンの首に刻まれた咬み傷から、鮮血が噴出する。龍皇女の身が、よろめく。
『ッシャア! 黙っておれ、白トカゲ……貴様も、ほかの小娘も、順番に始末してくれるわ……げぼ、げぼおッ!!』
オワシ社長は進路を曲げて、大の字に倒れ伏すアサイラのほうへと向かう。青年の右手は、それでも『龍剣』の柄を握りしめている。
『若造め……貴様のおかげで、本社は壊滅。メインリアクターも、大きく消耗した……どれだけの金と時間の損失になったと思っている……ッ』
老人のみを包む巨人の手が、アサイラの左足首をつかむ。青年の身体が、上下逆転した状態で引きあげられる。
『我が天命の成就は、十年単位で遅延した──ッシャア!!』
「ヌギイ……ッ!?」
オワシ社長は、アサイラの身体を力任せに床へと叩きつける。一度で満足する様子はなく、老人はふたたび青年の身を振りあげる。
『このッ! 思いあがりのッ! 不遜なッ!! 若造が──ッシャア!!!』
二度、三度、オワシ社長はアサイラの肉体を硬質な床に向かって、乱暴な打擲を繰り返す。それでも、青年は『龍剣』から手を離さない。
女たちには、もはや、老人の横暴を止める余力は残されていない。アサイラの全身には、見る間にあざが増えていく。
数え切れない殴打をくりかえされるうちに、青年の肌が裂けはじめる。傷からあふれ出してきた体液は、赤い鮮血ではなく、タールのように黒い粘汁だった。
→【覚醒】
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