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【第2部11章】地底にある星 (9/16)【通告】

【目次】

【襲撃】

(こっちの覚悟はできているだろ……いつでも、来やがれッ!)

 ナオミは、サブマシンガンをにぎる手のひらににじむ汗を感じながら、独りごちる。地下の暗闇も手伝って、赤毛の女の五感では敵の気配を察知できない。

 だが、大通りの対面に陣取るシルヴィアならば話は別だ。ぴん、と狼の耳を立てて、通路の奥の足音を探っている。おそらく、まだ敵はいる。

 そもそも、先刻ひびいた銃声は機関銃一丁という規模のものではなかった。族長の暗殺と居住区の制圧に一人ずつ、という配分も想定しがたい。

 ナオミは、突然の射撃に備えて曲がり角に背を隠したまま。獣耳の獣人娘の様子に注意を払う。赤毛の女に、シルヴィアの手がハンドサインを示す。

(来やがったか!)

 サブマシンガンだけを大通りに出して、ナオミは牽制のフルオート射撃をばらまこうと、トリガーにかけた指に力をこめる。そのとき──

『……あー、テステス』

 地下道の奥から、場違いな大声が聞こえてくる。シルヴィアのハンドサインが攻撃停止を示し、ナオミはそれに従う。

『よおし、聞こえているかい? 聞こえているな。その前提で話を進めるぜ』

 ずいぶんとくだけた口調だ。拡声器越しで、しかも相当な距離が離れているのか、岩壁の反響でひどく音がねじれているが、男の声だということはわかる。

『まずは、自己紹介させてもらおうかい。ミーの名前は、ブラッドフォード・コルケット。グラトニア征騎士、序列は十位だ』

「……征騎士ッ!」

 ナオミは、思わず声をあげる。シルヴィアが人差し指を己の唇に当てる。赤毛の女は軽率な反応を悔い、口をつむぐ。

 グラトニアは、ここではない次元世界<パラダイム>の名だ。

 そして、征騎士。ナオミたちはその正体をいまだつかめずにいるが、先日、凍原で交戦した相手も同様の肩書きを名乗っていた。

(だが……納得だろ)

 以前やりあった征騎士とその配下たちも、高度な技術<テック>の兵器を運用していた。今回と、同じだ。

『ユーたち、聞いているかい……? ミーはフェアゲームを重んじるから、自分の『転移律』、ユーたちは『シフターズ・エフェクト』って呼んでいるんだったか……ともかく、能力について教えてやる』

 ナオミは、眉根をよせる。離れた場所にいるシルヴィアも、戸惑いを隠せずにいる。戦うまえから自分の手のうちを明かすなど、聞いたこともない。

『ミーの転移律の名前は『人間銃架<ハード・ラック>』。イカしたネーミングだと思わないかい? できることも、なかなかクールだ』

 赤毛の女と狼耳の獣人娘の当惑をよそに、拡声器越しの声は話を進めていく。

『生命を文字通り、火器庫にする。体のなかから銃を取り出せるんだ。この便利さがわかるかい? 武器は現地調達し放題で、補給いらずだ』

 ナオミの額を、冷や汗がつたう。手のなかのサブマシンガンに視線を落とす。まさか、この武器は……

『察しがいいなら、気づいたかい。いま使っている銃は、ここのドヴェルグどもから取り出したやつだ。付けくわえると銃弾は、取り出した相手の導子力──生命力が変換される。撃ち尽くせば、そいつは死ぬ』

「バッド……ッ!」

 赤毛の女は舌打ちしつつ、敵から奪った機関銃を投げ捨てる。対面の獣人娘も同様に、拳銃を手放す。

『つまり、この銃そのものが人質だ。それでもユーたち、抵抗するかい? ま、投降するなら、お早めに』

 聞こえはじめたときと同様に、声は唐突に途絶える。シルヴィアは身を跳ねさせ、ナオミのいる通路に滑りこんでくる。

 直後、複数の発砲音が大通りに響く。天井や壁に着弾し、火花と土煙が散る。赤毛の女は、苦々しげに敵の攻撃を見る。

「せっかく武器を奪ったってのに……これじゃあ、手の出しようがないだろ。どうするんだ、シルヴィ?」

「とりあえず、ララと族長どののところまで戻るのだな」

 天井の低い廊下を、腰を落としながら、二人は早足で後退する。ナオミが先行し、シルヴィアは後方からの襲撃を警戒する。

「シルヴィ、耳がいいだろ……さっきの声から、あのヤロウがどれくらい遠くにいるか、わからないか?」

「反響が激しくて、正確な距離をつかめなかった。概観でいいなら……千から二千メートル。ちなみに先行部隊は、数十メートル先だな」

「バッド。本丸までは、一息で攻めこめる距離じゃあない……タマなしヤロウめ、安全圏に引きこもってやがるだろ」

「そういえば、あの征騎士の説明では、ドヴェルグをどうやって操っているのかはわからなかったのだな。脅されて従っている様子でもなかった」

「ま、手のうちを全部明かすやつはいないだろ。フェアとか抜かしながら、言ってることは、あのヤロウに都合のいいことだけだ」

 ナオミは悪態をつきながら、エドヴィル族長の部屋へと転がりこむ。なかでは、部屋の主が、襲撃者を鎖で縛りあげているところだった。

【立案】

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