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【第2部18章】ある旅路の終わり (6/16)【抜刀】

【目次】

【軽蔑】

「どこまでもムカつくおじんだ、これがな……あのときのことを、思い出させやがってッ!!」

「ふむ。貴公にとって、失敗は最良の教師とはなりえないのかね?」

「負け組<ルーザー>に説教されるいわれはねえーッ! そう言うおたくは、どうするつもりだ!? このまま走れば3秒後には滑落死だ、これがなァ!!」

『伯爵』とトゥッチが対峙する足場は細く、幅は10メートルあるかないかだ。くわえて不可視の引力が、銃弾の嵐から逃れようと走るカイゼル髭の伊達男を力場の沼へ引きずりこもうとからみつく。

 数秒の間もなく、『伯爵』は身体は足場の淵のぎりぎりまで迫る。カイゼル髭の伊達男は、流れるような動きでコンバットナイフを手に取り、地面へ向かって投げつける。

「ふん──ッ!」

 足場が途切れる手前に突き刺さったナイフの柄を足場にして、『伯爵』はバク転する。背中を銃火が紙一重でかすめながら着地すると、方向を切り返し、再度、走る。

「ほとほとハラワタの煮えくりかえるおじんだ、これがな……グラトニア帝国には向かった時点で、おたくに未来はねえんだ。とっとと……くたばりやがれッ!」

 右腕の仕込み機関銃を乱射しながら、トゥッチは左手の指を、ぱちんと鳴らす。

「ぬうッ!?」

 火線から逃れようと疾走する『伯爵』の眼前が、突然、ふさがれる。灰色の石柱が、一瞬のうちに生えてきた。リボルバーの銃弾の着弾地点からだ。

(トゥッチの……転移率<シフターズ・エフェクト>かね!? なるほど……次元転移者<パラダイムシフター>となった……証拠!!)

 出し抜けに現れた質量体に、カイゼル髭の伊達男の身体がぶつかり、足が止まる。曳光弾の輝きが、追ってくる。

「おじん! ハメ殺しだ、これがなッ!!」

 マシンガンの照準が、『伯爵』の身体を捉える。トゥッチは、必殺を確信して無数の鉄礫を叩きこむ。

「ん──?」

 コーンロウヘアの征騎士は、違和感を覚える。フルオートの発砲音とは異なる金属音が聞こえた。手応えも、妙だ。

 通常であればオーバーキルとなる量の銃弾を叩きこんだあと、トゥッチはいったん射撃を止める。

「やはり──よい刀ではないかね」

 弾丸は、命中していた。殺意の礫は、『伯爵』の肉体を切り裂き、血をまき散らしている。だが、カイゼル髭の伊達男は絶命していない。にやり、と挑発的な笑みを浮かべる。

 わずかに玉虫色がかった妖しい輝きが、闇のなかできらめく。『伯爵』の手には、イクサヶ原仕立ての刀剣が握りしめられていた。

 カイゼル髭の伊達男は、獲物の刀を正中線にそって構えて、急所に命中する弾道の鉛玉のみを防いでいた。磨き抜かれた鋼は、刃こぼれひとつ見せていない。

「これが銘刀でなくば、なにをそう呼ぼうか……それはそうと貴公にも礼を言わねばならないかね、トゥッチ。よい踏み切り台を用意してくれたよ」

 言い終わるや否や、『伯爵』は石柱の側面を蹴って、コーンロウヘアの征騎士へ向かって一直線に跳躍する。重力波観測ゴーグルから得られる情報を駆使し、乱れうねる力場の波を乗り越える。

 カイゼル髭の伊達男は空中で刀を振りかぶり、兜割りの構えで突っこんでいく。一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたトゥッチは、右腕の仕込み機関銃を上方へ向ける。

──タンッ。

 乾いた銃声が、一発だけ響く。空中を舞う『伯爵』は、反射的にいぶかしむ。

(シングルショット? なぜ、このシチュエーションで……)

「一発で十分だからだ、これがな」

 カイゼル髭の伊達男が胸中に抱いた疑問へ答えるように、トゥッチがつぶやく。壮年の紳士が反射する間もなく、銃弾は見る間に膨らんでいく。

 もとのサイズであれば高速で迫る『伯爵』を捉えられなかったであろう弾丸は、野太い石柱へと姿を変えて、急拡大した断面積がカイゼル髭の伊達男の右半身へ激突する。

「う、はアグ……ッ!?」

 苦悶の表情を浮かべる『伯爵』の身体は、いびつな放物線を描きながら吹き飛ばされる。地面にぶつかる寸前に、逆手に持った刀を足場へ突き刺して支えとし、どうにか力場の沼への滑落はまぬがれる。

「ハッハア! さっきよりも距離が離れちまったみたいだぜ、これがな!!」

 トゥッチの哄笑が、遠くに聞こえる。右の肺腑が鈍く痛む。指先より伝わってくる刀を握る感覚が、弱い。銃弾の速度で飛ぶ巨大な質量体と衝突したのだ。無理はない。

 肉体のみならず、パワーアシストインナーの機能にも、無視できないダメージがあった。それでも、カイゼル髭の伊達男は立ちあがり、地面に突き刺した刃を引き抜く。

「ひとつ、わかったことがある。理由はわからないが……おたく、あの厄介な『重力符<グラヴィトン・ウェル>』をいまは使えないようだ、これがな」

「ふむ……だとしたら、どうするかね……?」

 ふらつきながらも、『伯爵』はコーンロウヘアの征騎士をにらみつける。トゥッチは、口角を歪ませながら、右腕のマシンガンを構える。

「遠慮する理由がなくなったってことだ、これがな。おじん、おたくの手足が動かなくなるまで、これから徹底的に痛めつけてやるよ!」

 カイゼル髭の乱れた伊達男は、利き腕の具合を確かめる。不幸中の幸いと言うべきか、骨をやられてはいないが、筋肉がひきつって思うように動かない。

──ズガガガッ!

 マズルフラッシュをほとばしらせて、トゥッチはふたたびフルオート射撃を開始する。放たれた銃弾のすべてが野太い石柱と化し、視界をふさぎながら迫り来る。

 まだ自由の利く逆腕で、『伯爵』はベクトル偏向クロークをつかむ。ビロードのごとき光沢を放つ布状の導子兵装を、素早く左右に振りまわす。

 地面と水平に迫り来る石柱が黒くはためくマントの表面に触れると、進行方向が直撃コースからわずかにそれて地面へ転がり、重力の沼へと沈んでいく。

(銃弾を石柱に変じる能力かね……物理法則を無視して、運動エネルギーはそのままに、質量だけが増大する。破壊力は、何倍にも跳ねあがる……だがッ!)

 貫通力だけは、低下する。『ドクター』は、ベクトル偏向クロークは銃弾への防御には使えない、と言っていた。だが、石柱であれば、有効だと実証された。

 それでも、質量兵器の暴威に終わりは見えない。野牛の群を相手取った闘牛士のごとく、壮年の紳士は黒い布を振るい続ける。わずかずつだが、後退を強いられる。

「ハメ殺しだ、これがな! このまま底なし沼のなかへ沈めてやるよ、おじん!!」

「できるものなら、やってみたまえ……ふんッ!」

 乱れたカイゼル髭を汗で濡らしながら、『伯爵』はビロード光沢の黒布を縦方向に振るう。飛び来たる石柱が、壮年の紳士の足元に落下する。

 足場を確保した『伯爵』は、質量の濁流のうえへと跳び移る。脚力を振り絞り、跳躍をくりかえし、迫る石柱から石柱へと跳び渡っていく。

「……ぬうッ!」

 壊れかけの状態で強引に駆動するパワーアシストインナーが火花を散らし、壮年の紳士の肌を焦がす。『伯爵』はかまうことなく、コーンロウヘアの征騎士へと肉薄する。

「ハッハア。やるじゃねえか、おじん! だが……そこまでだ、これがな!!」

 あと一歩で白兵戦の間合いへ踏みこむ、というところで、トゥッチの足元が盛りあがる。現出した石柱が大樹のごとく伸びて、コーンロウヘアの征騎士を高所へと逃がす。

「グッドバイ、負け組<ルーザー>! ハメ殺しだ、これがな!!」

 壮年の紳士が汗と土埃にまみれた顔をあげるなか、トゥッチは手で種のようななにかを捲く仕草を見せる。

 銃弾だ。無数の鉄の礫は石柱へと膨らみ、『伯爵』を押し潰さんと頭上から落下してきた。

【伐倒】

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