【第2部18章】ある旅路の終わり (7/16)【伐倒】
【抜刀】←
──ズウゥ……ンッ。
トゥッチが後者から落とした無数の石柱が、土煙を巻き起こしながら、枯死した樹々のごとく地面へと突き刺さる。
「く……ッ!」
重力波観測ゴーグルからもたらされる情報と、自身の戦闘経験をもとに、『伯爵』は石柱の落下地点を予測し、紙一重のすきまに位置とることでどうにか下敷きをまぬがれる。
引力の乱気流が土煙を引き裂き、すぐに視界は晴れる。石柱のうえに陣取るコーンロウヘアの征騎士と、壮年の紳士との視線が交錯する。
「チイ……ッ。どこまでも運のいいおじんだ、これがな!」
トゥッチは眼下の『伯爵』へ向けて、右腕の仕込み機関銃の狙いを定め、フルオート射撃をおこなう。発砲音が石柱の林に反響する。石柱化は……しない。礫の群れが、そのまま壮年の紳士を襲う。
とっさに後転し、『伯爵』は相手の作り出した質量体の陰に身を隠す。フルオート射撃が、石柱の側面に着弾する。
「ふむ。いまさらながら……状況に応じて、銃弾と石柱の攻撃をフレキシブルに切り替えてくるのは、なかなかに厄介かね……トゥッチが遮蔽を作ってくれなければ、危なかった」
敵の作り出した無機質の大樹に背を預けながら、壮年の紳士はひきつった右手の指をゆっくりと開いては閉じるをくりかえし、どうにか機能を回復させようと努める。
「転移律<シフターズ・エフェクト>は、行使者の意思によってオンオフができる能力と、そうでないものがあるが……これまでの戦闘を見るに、トゥッチのものは後者かね?」
石柱林に反響する銃声が止まった。痛みはあるが、どうにか右手も動くようになりつつある。壮年の紳士をしとめきれずにいる現状が、トゥッチにとって想定外のものであるならば、ありがたい。
──ズゴオンッ!
突如、上方向から重苦しい衝突音が響く。よりかっていた背中の質量体が、大きく振動する。遮蔽に身を潜め、様子をうかがっていた『伯爵』は、とっさに顔をあげる。
石柱の上端に、真横から別の石柱がぶつかり、鐘突きのように揺らしている。トゥッチは、壮年の紳士が根本に隠れる無機質の大樹に向かって、さらに追加の質量体をぶつけていく。
「おじん! ナメてんじゃねえぞ、これがな!!」
コーンロウヘアの征騎士の怒声が、石柱林に反響する。『伯爵』が身をあずける無機質の大樹が不安定に振動し、根本には横方向へひびが入る。
「ふむ、これは……いかんな!」
壮年の紳士は、とっさに身を伏せる。ほぼ同時に、バランスの崩れた石柱がへし折れ、倒れこんでくる。
倒壊した円柱状の質量体は、しかし、『伯爵』を押しつぶすことはなかった。すぐそばに直立する別の石柱に引っかかり、根本にわずかな間隙が生じていた。
「どうにか、スティルメイトはまぬがれたが……この状況は、よろしくないかね」
「当然だ、これがなッ!」
ほふく姿勢で小さな空間に身を隠す壮年の紳士のすぐ真上から、どすん、どすん、と重量感のある音が断続的に響く。そのたびに、頭上の石柱が『伯爵』へと迫ってくる。わずかな間隙が、さらに狭くなる。
『伯爵』は、相手の行動を推測する。おそらく、トゥッチが上方から追加の石柱を降らしている。このまま質量体を落とし続けて、押しつぶすつもりだ。
プレス機のごとく迫ってくる頭上の質量体を、乱れたカイゼル髭の伊達男は苦々しげに見つめる。ベクトル偏向クロークでどかすことを検討する。だめだ。
いままでの使用感から言って、石柱一本ぶんの重量を動かすのが限界だろう。くわえて、遮蔽となっている質量体の排除は、相手から見れば射線の確保にもつながる。
「やむを得ん……かねッ!」
壮年の紳士は意を決して、折れた石柱の下から転がり出る。コーンロウヘアの征騎士が、狙い澄ましたように仕込みマシンガンによるフルオート射撃を浴びせる。
「くう……ッ!?」
密集して林立する石柱によって、回避行動をとるための余白が少ない。銃弾の雨が、容赦なく『伯爵』の身を引き裂く。
刀を頭上に掲げ、正中線の急所だけは死守するが、身体全体をカバーするためには明らかに面積が足りない。パワーアシストインナーが、ベクトル偏向クロークが、ぼろ布のようにやぶけ、機能停止する。
壮年の紳士は、それでも足を止めない。石柱の陰から陰へ身を隠しつつ、トゥッチが鎮座する足場へ向かって走る。フルオートで吐き出される銃弾が、肉と体力を削っていく。
「はあ、はあ……ッ! ようやく、たどりついた……かね!!」
息を切らしながら、『伯爵』は眼前にそびえ立つ無機質の大樹を見あげる。上端に鎮座するトゥッチと、視線が交わる。
「二次元方向は、だ……これがな。まだ『高さ』が残っているぜ、おじん。どうする。よじ登るか! はたまた、自爆でもしてみるか!? どのみち無駄だがなッ!!」
コーンロウヘアの征騎士は、あざけるように声をあげると、左手で銃弾をばらまく。鉄の礫が見る間に石柱と化し、壮年の紳士を圧死させようと落下してくる。
「ふむ……そびえ立つ樹を前にしたならば、することはひとつではないかね……?」
全身に血まみれの傷を負いながら、なお涼しげな表情を浮かべた『伯爵』は刀を両手で握り、斧を振りかぶる木こりのように腰をひねる。
「うなれ! 『砕牙』ッ!!」
壮年の紳士は、手にした得物の銘を叫ぶ。己のために、この戦いのために鍛造された刃は、応えるように使い手の導子力を吸いあげ、刀身に緑色の輝きをまとう。
「ふ──……ぅんッ!!」
横なぎするように、『伯爵』は刀を振るう。巨大な石柱の側面に、刃が触れる。灰色の質量体へ研ぎ澄まされた鋼が、バターナイフのごとく斬りこんでいく。
「なア──ッ!?」
トゥッチは、目を丸くして、わめく。壮年の紳士は、緑色の光を放つ刀を振り抜いた。石柱の根本は淀みなく切断され、その上方に居座るトゥッチとともに、『伯爵』から離れるように倒れていった。
→【砕牙】
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