【第8章】獣・女鍛冶・鉄火 (7/12)【土塊】
【憤怒】←
「ンンー。ところで、きさま、そんなところで足を止めていていいのかぁ?」
「アタシがその気になれば、ここからでもアンタの首を斬り落とせる」
「おぉ、怖い、怖い。おまけに、兵隊になる獣人ゾンビも、その材料も有限と来ている。こいつぁ、大ピンチってヤツだぁぜ」
けらけらと笑う熊面の男は、おどけた表情を浮かべながら、懐を右手でまさぐる。リンカは、警戒し、刀を傾ける。
骨張った男の手には、女鍛冶の見たことのない形状の鉄の塊が、握られている。礫よりは大きく、刀よりは小さい。何らかの、武器か。
「リボルバーを見るのは、初めて、って顔をしているんだぁぜ? だが、まぁ、安心しろぉ。貴重な『屍兵化弾<ホロウ・ポイント>』を、きさまに撃ちはしねぇよ」
言い終わるや否や、髭面の男の右腕が目にも止まらぬ早さで振り抜かれる。リンカは、反応できない。
鉄塊から飛び出した突起のような部分が、腕の伸びる先に向けられる。無骨な指がせわしなく動くと、けたたましい破裂音と閃光がほとばしる。
男の手にした鉄製の武器から、小型の礫が六発、高速で放たれる。発射された飛翔体は、女鍛冶を狙わず、死体の山の下、血が染み込んだ地面を穿つ。
「この銃弾……『屍兵化弾<ホロウ・ポイント>』は、生物の死体に撃ちこむと、ゾンビにできる。ところで、『死体』ってどこまでが含まれると思う?」
相変わらず井戸の石積みのうえに陣取った熊面の男が、獰猛な、それでいて余裕しゃくしゃくといった表情で、リンカを見下ろす。
女鍛冶は、足の裏が揺らぐ感覚を覚え、踏んばる。男の覇気に、あてられたのかと思った。違う。確かに、小刻みに、地面が震えている。
「おれさまは、実験したんだぁぜ? どうやら『死体』っていうのは、ここまでが含まれるらしい!」
熊男が、両手を広げる。同時に、死体の山が盛りあがる。正確には、獣人たちの屍が積み重ねられたその下、血を吸った地面が隆起していく。
「さもありなん。なんてこった……」
リンカは、呆然と見あげる。流血の染みこんだ土塊が、巨大な人型となって頭をもたげる。土の巨人は身震いし、身体に引っかかった死体をふるい落とす。
「……チッ!」
舌打ちした女鍛冶は、刀を上段に構え、思い切り振り下ろす。縦方向に赤焔の筋が生じ、土の巨人に向かって疾駆する。
「ゲルハハ! 無駄だぁぜ、火で土を焼けるものか!!」
髭面の男の哄笑が聞こえる。腹立たしい殺戮者の言うとおりだった。リンカの放った炎は、人型の土塊の正中線を捉え、黒い焦げ跡を残し──それだけだった。
「やれッ!」
男が、残虐な命令を端的に下す。土の巨人は、緩慢とした動作で立ちあがると、女鍛冶を見下ろす。人型の土塊が拳を振り上げ、リンカに向かって叩き降ろす。
「ぬう……ッ!?」
女鍛冶は、ひざを曲げ、全身のバネを使って横に跳躍する。そこまでやって、どうにか紙一重で、巨岩のごとき一撃を回避する。
風圧が、髪を乱れさせる。リンカは、転がり、獣人の家屋へと逃れこむ。土の巨人はかまうことなく、東屋を破壊しながら、獲物に向かって迫り来る。
「ゲルハハ! 殺すなよ、生け捕りにしろッ!!」
リンカは、巨人の背から男の声を聞く。声の主──セフィロトエージェント、ゲルト・フィルツは、自分が生み出した異形の圧倒的な破壊を満足げに見やる。
髭面のエージェントは、己の優位を確信して、ようやく井戸の石積みのうえから飛び降りる。あらためて、生命の気配が消えた集落を見やる。
「ンンー……」
着流しのパラダイムシフターに両足を切断された、哀れなゾンビ獣人のもとに、ゲルトは歩み寄っていく。
「派手にやってくれたものだぁぜ。せっかく小間働きを手に入れたってのに、コイツらはもう、使い物にならないなぁ」
淀んだ瞳の獣人たちは、先端のない足で宙を蹴り、どうにか動こうともがいている。隣に倒れた犠牲者同士で、共食いを始めた連中もいる。
「……ペッ!」
髭面のエージェントは、侮蔑の表情でゾンビ獣人に唾を吐きかける。生ける屍たちは、気にも止める様子もなく、隣人の肉を貪り続けた。
「ゲルハハ……ッ! だが、ここが宝の山だ! まさか希少種の獣人の、ここまで大規模な生息地があるとは思わなかったんだぁぜ!!」
ゲルト・フィルツは、両腕は広げ、天を仰ぎ、哄笑する。獣人は、一般的な他の人型種族に比べて身体能力に優れ、訓練すれば優秀な兵士になる。
「おれさま、大もうけ! 本社の連中、大喜び! 負け犬のシルヴィアなんざ、目じゃないんだぁぜ!!」
髭面のエージェントは、着流しの女が逃れた方向に視線を向ける。土塊ゾンビが拳を振り下ろすたび、大きく粉塵の巻きあがる様子が見て取れる。
「あのパラダイムシフターにも、手間をかけさせられたが……まぁ、時間の問題だぁぜ。『ドクター』が、高値で買い取ってくれるだろうしなぁ」
ゲルトは、皮算用に口元をにやつかせる。予想以上の査定ボーナスが期待できる。スーパーエージェントへの昇進も、見えてくるかもしれない。
同時に、防弾ベストのポケットから銃弾──『ドクター』から提供された『屍兵化弾<ホロウ・ポイント>』を取り出し、リボルバーの弾倉に再装填していく。
弾体に屍術由来の小さな魔法文字<マギグラム>が刻まれ、内部にはマイクロコンピュータが組みこまれている。
生物の死体に埋めこめば、命令に忠実な生ける屍──ゾンビとなる。銃撃で射殺すれば、材料も同時に手に入る寸法だ。
ミッションで派遣された現地で、兵隊や労働力を調達できる優れ者だ。
「ったく。『ドクター』さまさまだぁぜ」
六発の『屍兵化弾<ホロウ・ポイント>』を装填し終えたゲルトは、開発者である白衣のスーパーエージェントの顔を思い出す。
変人と評判の『ドクター』だが、セフィロト社のエージェントなど、大なり小なり変わり者だ。それよりも、提供装備の実用性が第一だ。
「……ンンッ?」
そのとき、ゲルトは言語化できないわずかな違和感を覚える。第六感に導かれるまま、足下に視線を降ろす。
踏み固められた地面では、ない。両開きのダストシュートのような戸のうえに、いま、自分自身が立っている。
「なんだこりゃ……ッ!? さっきまでは、無かったぞぉ!!」
髭面のエージェントは、とっさに前転して、その場から離れる。バコンッ、と音を立てて、落とし穴のように地面の窓が開くのと、ほぼ同時だった。
間一髪、口を開いた漆黒のすきまから逃れたゲルトは、両手でリボルバーを構え、己を呑みこもうとした穴へと銃口を向ける。
「あの女のしわざじゃあ、無いよなぁ……なんなんだぁぜ?」
よく観察すれば、髭面のエージェントを陥れようとしたトラップは、地面に張り付いた『扉』だった。
木製の扉だが、枠はしっかりとした造りだ。この次元世界<パラダイム>の技術レベルでは、とうてい作り出せないだろう。
そもそも、普通の扉は、突然、足下に現れることもなければ、地面に張り付くような形で設置されることもない。
「他に……パラダイムシフターが?」
ゲルトの額を、冷や汗が伝う。なにかが這い出てきたら迷いなく射殺するつもりで、全神経を両開きの戸の隙間に向ける。
やがて、髭面のエージェントの動体視力が、闇の奥でうごめく影を捉える。トリガーにふれる右手の人差し指に、力がこもる。
──ガンッ、ガンッ、ガンッ。
三発の銃声が、無人の集落に響く。ゲルトの反応よりも、『扉』の奥から現れた存在のほうが、早い。弾丸は、標的をはずれ、木枠を削る。
「ウラア……ッ!!」
「……へアがッは!?」
飛び出した影を目で追おうと頭をあげたエージェントの顔面に、靴の裏が降ってくる。
全体重を乗せた踏みつけを喰らったゲルトは、よろめく。『扉』の乱入者は、髭面を踏み台にして再度の跳躍をし、少し離れた場所に着地する。
「きさまは……まさか……ッ!?」
ようやく相手を視認したエージェントは、狼狽する。
乱入者──ジャケットにジーンズといった現代的な風貌の青年は、前傾姿勢で駆けこみ、迷うことなくゲルトとの間合いを詰める。
「ウラァ!」
「ぶけえべッ!」
「ウララアッ!!」
「けべッは!?」
防弾ベスト越しでも微塵も威力が減衰しないボディブローが、エージェントの腹部に叩きこまれる。
思わず、前傾姿勢になり、ひざをついたゲルトの顔面に、今度はニーキックが炸裂する。エージェントは、鼻血をまき散らしながら、背後に弾き飛ばされる。
(ヤバイ……ッ!)
髭面のエージェントは、眼前の相手を理解して、ようやく己の危機を自認する。
ゲルトの前に立つ青年は、いままでに幾人ものセフィロトエージェントを退け、屠ってきた『イレギュラー』──別名、『エージェント殺し』だった。
→【明王】
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