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【第2部26章】ある導子学者たちの対話 (9/16)【飽和】

【目次】

【半々】

「どうどう……よおし、いい子かナ」

 ドクター・ビッグバンの導子ハッキングにより、『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』は、びくびくと身を震わせるも、やがて観念したかのように動きを停止する。

 白衣の老科学者の脳裏に、導子兵装と転移律<シフターズ・エフェクト>のあいの子である存在のパラメータが直接、流れ込んでくる。

「なんとなればすなわち、転移律<シフターズ・エフェクト>が深く関わっている領域まではハックできないが、とりあえずの制御権は奪取できたかナ……」

 装甲の隙間に突き刺していた人差し指を、ドクター・ビッグバンは引き抜く。金属製の大蛇の構成部品が、恨めしそうに発光と点滅をくりかえす。

「とにかく、端末から中枢へのシステム潜入が不可能である以上、直接、中央制御室へ踏みこむ必要がある……これを乗り物として使わせてもらおうかナ」

 白衣の老科学者は、通路のうえに仰向けに倒れる『暫定解答<ハイポセシス>』に目配せする。両腕を失った有機物塊は、起きあがりこぼしのように勢いよく立ちあがると、脚の力だけで跳躍して、無機物の長虫の背に飛び乗る。

「ミュフハハハ! なんとなればすなわち、出発進行かナ。モーリッツくん、待っていたまえ……いまから、キミの顔を直接、見に行こう!!」

『趣味が悪いぞ、『ドクター』! ぼくの吠え面を、その目で拝もうというのだろう……できるものなら、やって見るがいいッ!!』

 ドクター・ビッグバンと両腕を再生しようとする白く大柄な人型を頭部に乗せた金属製の大蛇は、ややぎこちない動きで床のうえをすべりはじめる。

 白衣の老科学者は、サブコントロールシステムで確認した区画図を思い起こしつつ、隣接ブロックとの接続口を目指す。会敵した警備兵は、無機質の長虫の質量で難なくなぎ払う。

「搭載機銃の弾丸、ミサイルともに満タン同然。『塔』のなかで空戦でもするつもりだったのかナ……なんとなればすなわち、隔壁のたぐいは、この火力で破壊できよう。問題となりうるのは、残りの征騎士たちの動向だが……」

 ドクター・ビッグバンは、頭のなかで『塔』の規模と工期と、さらにはグラトニアの国力から、隔壁が確保できるであろう強度を概算しつつ、ぶつぶつとつぶやく。

 ブロックの端が、近づいている。隣接区画との接点は、当然、封鎖されているだろう。征騎士たちも、そこに集結している可能性が高い。白衣の老科学者は、金属製の大蛇の頭部で身構えつつ、最後の角を曲がる。

「ぬぬぬ! なんとなればすなわち──ッ!?」

 無機質の長虫が、突然、ドクター・ビッグバンのコントロールから逃れようとするかのように身をのたうたせる。白衣の老科学者は、振り落とされないように必死でバランスをとりながら、顔をあげる。

 通路の奥、隣接ブロックとの接続口と思しきシャッターのまえに、特徴的なファッションと真紅の外套に身を包んだ3つの人影がある。

 そのうちの1人、艶やかな長い黒髪とミリタリーロングコートが特徴的な女が、金属製の大蛇に向かって右手をかざしている。ドクター・ビッグバンの足元で、機械のモンスターが、いっそう激しくのたうちまわる。

「導子抵抗が、急激に強まった。コントロールを維持しきれない……なんとなればすなわち、あの女性が、この転移律<シフターズ・エフェクト>の持ち主かナ!?」

 女の隣で、テンガロンハットをかぶったウェスタンスタイルの男が、白いタキシードの征騎士のえり首をつかみ引きずっている。瀟洒な純白の衣装は、鮮血で汚れ、負傷していることがわかる。先刻、レーザーを攻撃をしかけ、撃ち返してやった相手か。

 荒野のガンマンを思わせる征騎士が、負傷した男の胸『へ』手を差し入れる。白いタキシードを着込んだ肉体に超自然の穴が開き、そのなかから長大な銃火器……1基のロケットランチャーが、引きずり出される。

「なんとなればすなわち……人体から兵器を取り出す転移律<シフターズ・エフェクト>かナ!?」

 白衣の老科学者は、無機物の長虫の抵抗に振りまわされて、対応できない。ウェスタンスタイルの男は悠々とロケットランチャーをかつぎ、トリガーを引く。

──ドゴォンッ!

 ドクター・ビッグバンの眼前で、激しい爆炎がまき起こる。まだ両腕の再生も完了していない『前提解答<ハイポセシス>』が創造主を飛び越え、空中で弾体を受け止めた。

 ぼろ布のようになった白い有機物塊は床に落下し、テンガロンガットの征騎士はロケットランチャーを投げ捨てる。

『到底、不十分だ! まだ『ドクター』は、健在だろう……飽和射撃を浴びせろ! 徹底的に、すり潰せッ!!』

 館内放送ごしの声が響く。ウェスタンスタイルの男は、白いタキシードの負傷者を足元に転がし、その体内から次の重火器を取り出す。大型の設置型機銃<セントリーガン>だ。1、2、3基……まだまだ出てくる。

 自律射撃機能が起動し、マズルフラッシュと銃声が通路をおおい尽くしながら、無数の弾丸の雨が、白衣の老科学者へ向けて降り注ぐ。

 ドクター・ビッグバンは、金属製の大蛇の頭部から飛び降りると、その巨体を遮蔽として身を隠す。横っ腹に数多の銃弾を浴びて、さしもの無機物の長虫も動かなくなる。

 金属塊の影に身を隠しながら、白衣の老科学者は打開策を探る。発砲音の反響が、ますます大きくなる。設置型機銃<セントリーガン>の数が、増えているのだろう。聴覚への後遺症を、心配せねばならないレベルだ。

 ともかく、銃弾の数が多すぎる。これでは、『状況再現<T.A.S.>』でも演算しきれない。途切れることのない銃声に混じって、金属製の装甲の削れていく音が聞こえる。防壁代わりとして背負っている無機物の長虫すら、数分と保たずに鉄くずと仮すだろう。

『到底、逃げ場はないだろう。『ドクター』ッ! こんな簡単な飽和射撃が貴方の最期とは、少々、物足りない!!』

「……なんとなればすなわち、このワタシとしても、こんな単純な手段でなければ突破をはかれないとは残念かナ」

 スピーカーの向こうから、ドクター・ビッグバンをいぶかしむような呼吸を乱れを感じる。疑念を言葉にするまえに、状況は動く。

「行け、『暫定解答<ハイポセシス>』──ッ!!」

 白衣の老科学者は、発砲の轟音へ対抗するように声を張りあげる。3人の征騎士の頭上から、なにかが落下してくる。ずたずたに身を引き裂かれてアメーバ状になった、ドクター・ビッグバンの被造物だ。

 もはや人型を保つすることすらできなくなった有機物塊は、視界を埋め尽くさんばかりの銃弾を目くらましとして、天井に張りつきながら征騎士たちの直上へと接近していた。

 唯一無事だった『暫定解答<ハイポセシス>』の核熱球から、光があふれる。創造主の声をトリガーとして、動力源がオーバーロードし、余剰エネルギーが解放される。

 まばゆいばかりの輝きで、通路は白一色に染めあげられる。数秒が経ち、閃光が晴れると、征騎士も設置型機銃<セントリーガン>も、跡形なく焼却されている。

 ドクター・ビッグバンは、ガラクタと化した金属製の大蛇の影から這いだす。己の武器を使い尽くして窮地を脱したが、目指す中央制御室へは、ほど遠い。

 核熱球のオーバーロードをもってしても、隣接ブロックとの隔壁は、硬く閉ざされたままだ。わかっていたことではあるが、コンソールおろか、端子のひとつも見あたらない。ハッキングはできず、道をふさぐシャッターは向こう側に行かなければ開けない。

──プシュウゥゥ……

 隣接区画の隔壁から、なにか気体の吹き出す音が聞こえてくる。白衣の老科学者は、眉をひそめつつ、シャッターから距離をとる。

「……毒ガスかナ?」

『もっと単純なものだ、『ドクター』……消火用の二酸化炭素を充填している。まとめて征騎士の『脳人形』を始末されたのは予想外だったが、今度こそチェックメイトだろう』

「なんとなればすなわち……それはどうかナ?」

 冷徹に勝利を確信したスピーカーからの声が響くなか、ドクター・ビッグバンは監視カメラに向かって不適に笑って見せた。

【窒息】

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