【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (13/16)【氷壁】
【交歓】←
「限界だ、上空へ逃れろ! 姉妹たちへの弁解は、自分がするからだ……ッ!!」
純魔銀<ミスリル>製の大盾をかかげつつ、横殴りの銃弾の雨を防ぐアンナリーヤが、振りあおぎつつ声をあげる。獣人娘が、ぴんと耳を立てつつ、叫びかえす。
「無理だな! 相手の機銃掃射は、こちらの上昇路をふさぐようにおこなわれている……逃げ道をふさがれているッ!!」
アサイラとシルヴィアの足場となっている次元跳躍艇の甲板は小刻みに揺れ続け、ときおり大きく傾く。
左右の断崖はますます幅が狭くなり、『シルバーコア』一隻が通るのがやっと、ときにはそれよりも窮屈な隙間しかない。
ナオミは巧みな舵輪さばきで地形と接触することなく船を走らせるが、もはや客観的に見ても、航行路には余裕も選択肢も見あたらない。
『……仮に上空へ逃げたとしても、本船とヘリコプターでは空力特性に差がありすぎるということね。機動性能的にも、相手の土俵に乗るようなもので……わあッ!?』
『バッドバッドバーッド……! 道がまっすぐになったと思ったら、これだろッ!!』
「ブリッジ! なにがあったのだな!?」
通信機から、赤毛の操舵手と船長席の少女の悲鳴が響く。狼耳の獣人娘は、大声で問いかえす。黒髪の青年は進行方向をあおぎ見て、眉間にしわを寄せる。
断崖の回廊の前方、目測で20キロメートルほど先。ぶ厚い氷壁が、行く手をふさいでいる。このままの速度で進めば、三分足らずで接触する。
「これも、あの軍人女の罠か……」
アサイラは、苦々しげに上空を見やる。鋼鉄の猛禽は船の後上方にぴったりとついて、ばらまくような機銃掃射で上空に弾幕を展開している。
有翼の姫騎士が防げるのは、『シルバーコア』に直撃コースの弾道だけだ。一発の被弾も許されぬ次元跳躍艇にくぐり抜けられる隙間は、ない。
『どうするの!? このままじゃ、全員、衝突事故でスクラップだわ!!』
『甲板の二人、しっかりしがみついておけ……急停止をかけて、あのヤロウの真下をすり抜けて、背後をとる。そのまま、反転して離脱だろ』
『できるということね! ララお姉ちゃん!?』
『やるしかねえだろッ!!』
ブリッジ内の喧噪が止むや否や、船がブレーキをかける。アサイラとシルヴィアは、強烈な慣性で前方へ放り出されそうになり、どうにか甲板上に踏みとどまる。
谷底に船腹をこすらないぎりぎりまで高度を落とした『シルバーコア』に、敵の戦闘ヘリの影が落ちる。黒髪の青年は、影の形がゆがむように変わっていくのを見る。
「ナオミ! 全速前進……できるか!?」
『ッ! 了解だろ……ッ!!』
船の左右に広がる魔銀<ミスリル>製のフレームの翼が、強い光を放ち、ふたたび前方へ加速する。ほぼ同時に、上空から金属製の大蛇が落下していく。
あのまま減速を続ければ、次元跳躍艇は真ん中から無機物の長虫によって押しつぶされていた。しかし、現状の相対位置でも船尾との接触はまぬがれない。
アサイラは、後方へ向かって走ると、金属製の大蛇の落下を待ち受ける。どっしりと腰を落として、両腕を思いきり伸ばす。
「ウラアァァーッ!!」
黒髪の青年の手のひらが、無機物の長虫の横腹を押す。アサイラは、自身の内側に潜む生命のエネルギー──導子力を汲みだして、人間離れした膂力を引きだす。
わずか数メートル、金属製の大蛇の落下コースがずれる。これにより、次元跳躍艇との接触はまぬがれる。
長虫の背に立つ女軍人が、見下した目つきで黒髪の青年をにらみつつ、舌打ちする。
「グヌウ……ここまで、先読みされているかッ!?」
アサイラは、びりびりとしびれる両腕を引き戻しながら、荒い息をつく。金属の大蛇は谷底に着地し、身をくねらせながら、対空射撃を開始する。
銃弾の暴威を回避しようと、『シルバーコア』の船体が大きく傾く。転がり落ちそうになった黒髪の青年の身体を、狼耳の獣人娘が駆けつけて、支える。
「王女さま! あちらの対空射撃のカバーは、できないのだなッ!?」
アサイラを抱きすくめつつ、シルヴィアはアンナリーヤへ対して声を張りあげる。次元跳躍艇と並ぶように滑空する有翼の姫騎士は、悔しげに首を左右に振る。
「すまない、無理だ! 船と蛇が、近づきすぎている……あいだに滑りこむ隙間がないからだ……!!」
ナオミは開けた上空に向かって逃れようと、船尾をもたげさせる。無機物の長虫は先読みしていたかのように断崖を滑りのぼる。
金属の大蛇は、上昇軌道を妨害するように跳躍し、陽光をさえぎりながら向かいの岩壁へ着地する。赤毛の操舵手は、上昇を中断し、忌々しい長虫の直下をくぐり抜ける。
『ヤロウ……! 意地でもうえには、逃がさないつもりだろッ!!』
『前方! 氷壁との距離、およそ10キロメートル!!』
ブリッジ内で、ナオミとララが声を張りあげる。金属製の大蛇は、立体的かつ不規則な動きで『シルバーコア』を追い立てる。
アンナリーヤの飛翔能力を持ってしても、長虫の操縦手を捉えることはできない。シルヴィアの狙撃も、照準が定まらない。アサイラも、跳びうつることは不可能だ。
「どうする、マスター……このままでは、打つ手がないのだな」
「……ララ。さっき落石があったが、飛び散った小石くらいなら、船に接触してもだいじょうぶか?」
『!? うん……それくらいの強度なら、確保しているけれど……』
「よし……ナオミ、全速前進を維持だ。いけるか?」
『アサイラ……なにか策があるのか? いいぜ、乗ってやるだろッ!』
「マスター! なにを考えているんだな!? もう無茶なことは……」
「すまない、シルヴィア。細かく説明している余裕はない、か」
狼耳の獣人娘に抱えられた格好から、黒髪の青年は立ちあがる。アサイラは、上空のアンナリーヤとアイコンタクトを交わす。有翼の姫騎士は、一瞬の逡巡のあと、力強くうなずきをかえす。
「ひょこっ! こちらにだけ秘密というのは、納得がいかないのだな!! そもそも作戦遂行には、十分な情報共有が……」
船は、蛇の追跡を振りきる勢いで前進する。シルヴィアの抗議の声を聞きながら、アサイラは船首方向に走る。行く手をさえぎる氷壁が、目と鼻の先まで迫っていた。
→【粉砕】
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