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【第2部21章】蒸気都市の決斗 (7/8)【勝機】

【目次】

【干満】

「むー、ボクの推理が当たったかな。君の転移律<シフターズ・エフェクト>は時限式。月の満ち欠けと連動していて、タイムリミットが来ると自動で解除されるわけ」

 蒸気都市のスラム、『街区』と呼ばれるエリア、そこに立地するボロアパートの雨に濡れた屋根のうえ。

 倒れ伏す巫女装束のエルフを、破れかけのフリルワンピースの征騎士が見下ろしている。悔しげに唇をかむミナズキに対して、ジャックは勝ち誇った表情を浮かべる。

「亜空間に閉じこめる能力……空間そのものの召喚と言ったほうがいいかな。内部にいる間は、これも月の満ち欠けと連動して君の魔力が増幅される。そして……」

 巫女装束のエルフは身じろぎし、ビビットカラーの三つ編みの征騎士を見あげつつ、にらみつける。ジャックは、これ見よがしにウィンクしてみせる。

「……いまの君を見ればわかる通り、消耗の激しい転移律<シフターズ・エフェクト>。すごいピーキーな能力だ。再発動も、しばらく無理じゃないかな。違う?」

 破れかけのフリルワンピースが汚れた雨水を吸いこんでいくのもいとわず、華奢な征騎士は、巫女装束のエルフの異能に対する己の見解を口にする。

 ミナズキは、歯噛みする。相手の見立ては、おおむね正解だ。はじめから『月詠祭壇<ムーンライト・シュライン>』の内部でしとめるつもりだった。

(相当な手練れ……でも、まだ終わったわけではない……ッ!)

 クラウディアーナとメロを逃がすという最低限の目的は達せられたが、それでミナズキが落命したとあっては、ふたりは納得しないだろう。かつて、己の命を救ってくれた恩人、アサイラに対しても面目が立たない。

 巫女装束のエルフは、ジャックと名乗った相手の動向に全神経を配る。身体はほとんど動かないが、命があるかぎり、好機が巡ってくる可能性は残されている。

「……蒸気都市でも、これだけ激しい雨が降るのは、めずらしいかな」

 ジャックは、少しばかり感傷的につぶやく。ミナズキにしても、背にたたきつける雨粒が痛いくらいだ。相手は、首をめぐらせ、龍皇女の飛び去った方向を見やる。

「さすがにターゲットは逃がしちゃったかな……お手柄あげて、皇帝陛下にほめてもらおうと思ったのに、これはじゃあ、また『魔女』にイヤミを言われちゃうぞ……」

 ずぶ濡れのフリルワンピースの征騎士は、倒れ伏す巫女装束のエルフのほうに向きなおる。その口元には、嗜虐的な笑みが浮かんでいる。

「──かはッ!?」

 ミナズキは、突然、呼吸ができなくなる。脱力しきったはずの身体が、勝手にのけぞり始める。その様子を見つめるジャックの瞳の奥で、残虐な色が濃くなっていく。

「君も、ボクの転移律<シフターズ・エフェクト>……『発条少年<スプリング・ジャック>』がどんなものか、だいたい見当ついているんじゃないかな?」

 巫女装束のエルフは、酸素欠乏に陥った魚のごとく口をぱくつかせる。呼吸困難と背中の激痛、ふたつの責め苦が同時にミナズキをさいなむ。

「君の背骨には、もうバネを植えつけてあるから。早く教えてよ、あの白銀のドラゴンがどこに向かったのか、なにをするつもりなのか……ボク、拷問はなれていないから、あんまり粘ると、うっかり身体をまっぷたつに折っちゃうかもしれないよ?」

 これ見よがしに語りかけるジャックを、かすむ視界でミナズキはにらみ返す。満身創痍の死に体ではあるが、打つ手が全くないわけでもない。拷問の痛みに絶えながら、巫女装束のエルフは機会をうかがう。

(相手が……もう少し、近づいてくれれば……ッ!)

「近づくことは、ないかな」

 およそ3メートルほどの間合いを保ったまま、ジャックはミナズキの思考を見透かしたかのように冷たい声音で言い放つ。

「君が凄腕の魔術師で実戦経験も積んでいることは、わかったから。まだ、奥の手を隠していても驚かないかな。なにをされても対応できる、この距離を保たせてもらうよ」

「あ、かは──ッ!」

 巫女装束のエルフの背筋は、いまや強く弦を張られた弓のごとく弧を描いている。苦悶のあまり、肺腑に残っていたわずかな空気がこぼれ出す。

「これじゃあ、しゃべれないかな? でも話す気になったなら、うなずいてでもくれればいいよ。すぐに、バネの力を弱めるから、ね」

 あくまで酷薄に、それでいて誘惑するようにジャックがささやく。ミナズキは、歯を食いしばる。背骨がたてる危ういきしみ音が耳に響く。

(話す……もの、か……ッ!)

 この半年、寝食をともにした旅の仲間を、己の命惜しさに売れるなど、道に反する。それならば、このまま死んだほうがマシだ。ミナズキが、腹をくくった瞬間───

──バガァンッ!

 激しい雨音に混じって、独特の発砲音が往来に響く。ジャックの左肩から、鮮血が飛び散る。濡れそぼったフリルワンピースの征騎士は、戸惑うように目を見開き、すぐに怒りと苛立ちを露わにする。

「蒸気銃……ッ! いったい、どこの命知らずのしわざかな!?」

 ジャックは、ボロアパートのうえから周囲の様子を探る。ストリートの礼拝堂の入り口、修道服に身を包んだ大柄な女性が、蒸気猟銃を構えている。

「こちとら、頭を狙ったつもりだったんだが、外しちまったみたいだねえ。すっかり腕が鈍っちまってる……歳はとりたくないもんだよ! まったく!!」

 修道服の女性は、ジャックを挑発するがごとく、しわがれた声をこれ見よがしに張りあげる。ずぶ濡れの征騎士は、半円を描くほどに仰け反るミナズキを一瞥すると、礼拝堂のほうに向きなおる。

 死に損ないのエルフよりも、謎の修道女のほうが驚異だと判断したのだろう。ミナズキに背を向け、跳躍体勢に移ろうとする。

(少し……距離があるかしら? それでも……完全に、注意がそれているのならッ!)

 ミナズキは、震える右腕を伸ばす。巫女装束のそでから、野太い荒縄のごとき影が征騎士ジャックへ向かって飛びかかった。

【救済】

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