【第12章】龍たちは、蒼穹に舞う (4/12)【幻術】
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「俺が、婿取りの競技会とやらにエントリーする。セフィロトの参加者を抑えて優勝すれば、龍皇女さまとやらと、直々に交渉できる。そういうことか?」
「はい。相違ありません」
「だが、競技会に参加するためには、龍と人が一組になる必要があると聞いたぞ。パートナーのドラゴンは、どうすればいい?」
「このアリアーナが、務めさせていただきます」
側近龍のふたつ返事に、アサイラは眼を細めて、眉根を寄せる。
「この次元世界<パラダイム>のことはよく知らないが……龍皇女の側近龍となれば、競技会の運営側じゃあないのか? 出場して、問題ないのか?」
龍皇女の婿を、競技会という客観的な方法で選ぼうというのだ。側近龍が参加して、しかも優勝したとなれば、出来レースのそしりは免れない。
当然、龍の乙女も自覚はしているらしく、神妙な面もちで青年にうなずく。
「そこに、アサイラさまに協力をあおいだ、もうひとつの理由があります」
アリアーナは、黒髪の青年の肩越しに、その向こう側を見やる。つられてアサイラも、背後を振り仰ぐ。
森の下草のうえに、忽然と、青年にとっては見慣れた『扉』が姿を現す。ぎいぃ、ときしみ音をあげて、ゆっくりと戸が開かれる。
「わざわざ結界の内側に招き入れてくれて、どうもありがとうだわ」
『扉』の闇のなかから、紫色のゴシックロリータドレスを身にまとった女──『淫魔』リーリスが、にやり、と笑いながら、歩み出てくる。
側近龍は、憂うような、うんざりしたような表情で、ため息をつく。
「できることなら、『淫魔』。貴女の力は、借りたくなかったのですが……」
「ぬふっ。それなら、自分でどうにかすればいいのだわ。側近龍」
「それができれば、苦労はしないのですよ。『淫魔』」
紫がかった髪の『淫魔』と、金色の髪の側近龍のあいだに、妙な緊張感と敵愾心が満ちる。アサイラは、怪訝そうに首を傾げる。
「なんだ。知り合いだったのか、クソ淫魔? そうならそうと言っておけばいいのに、人が悪い……」
「互いに名前を知っているくらいの関係なのですよ。他人よりマシ、程度です」
「まあ、そんなところだわ。龍皇女とは、趣味と性格が合わないし」
「尊称をつけなさい、『淫魔』。不敬なのですよ」
「グリン。アサイラのときは、スルーしたのに?」
二人の女が悪意の鞘当てをする居心地の悪い空気が、木立の狭間に満ちていく。アサイラは、助けを求めるように視線をさまよわせる。
青年を乗せてきた馬は、知らんぷりを決めこむように、尻を向けて下草を貪っている。アサイラは、あきらめて、その場にどっかとあぐらをかく。
「で? どういうことだ。『淫魔』の力が必要なのか?」
側近龍と『淫魔』は、アサイラのほうに顔を向け、火花をとばしていた視線の交錯がどうにかほどける。
「私の幻覚能力を使って、側近龍を別龍に変装させろ、ってそういうことだわ」
「幻覚で変装するだけならば、魔法<マギア>でもできますが、この次元世界<パラダイム>の術は、当然、同じ術の使い手に見破られるおそれがあるのですよ」
「だけど、この次元世界<パラダイム>には本来、存在しない私の能力ならば、看破される可能性も減る……ってわけだわ」
「……おまえら、本当は、仲がいいんじゃないのか?」
「はあッ!?」
ドラゴンと『淫魔』のドスの利いた声が、林間に響きわたる。アサイラは、諦観したたような表情を浮かべて、青い空をあおぐ。
「ともかく……私に任せるということでいいのね、側近龍?」
「はい。誠に遺憾ながら、止むを得ません。煮るなり、焼くなり、好きになさい」
「そんな、私のことを蛮族かなにかみたいに言わないでほしいのだわ」
双眸を閉じ、両手を広げた龍の乙女に、ゴシックロリータドレスの『淫魔』は、にやにや笑いを浮かべながら近づいていく。
「──むちゅうっ」
ルージュの乗った『淫魔』の唇が、アリアーナの瑞々しい唇に重ねられる。『淫魔』は、龍の乙女の頬を両手でとらえ、柔肉をさらに密着させていく。
「んぢゅ、じゅるうっ」
いやらしい水音を立てながら、蛇のように身をくねらせる舌が、アリアーナの咥内へと侵入していく。淫らな舌使いに翻弄されて、龍の乙女は頬を紅潮させる。
「ぶぢゅ、んっ、んん……」
二人の口角が重なりあう隙間から、唾液のカクテルが垂れ落ちる。
睦みごとにおいては、当然、『淫魔』のほうが上手のようで、アリアーナはなされるままに脱力していく。
「ぷはあ。ぬふふっ」
「ああ、なんて……はしたない……んんっ」
どさり、と音を立てて、『淫魔』は龍の乙女を押し倒す。アリアーナの背を、羽毛のように柔らかい下草が、優しく受け止める。
「こんなところで始めるな、クソ淫魔」
牝同士の淫気に当てられかけたアサイラは、頭を振りながら声をかける。
「なにを言っているの、アサイラ。強力な結界に守られて、覗き見される心配もない、これ以上に適切な場所もないのだわ」
青年に返事をした『淫魔』は、眼下でなされるままになっている龍の乙女に対して舌なめずりをすると、そのうえにのしかかった。
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「龍態に変身してみるのだわ、側近龍」
「ええ」
頬を赤らめ、伏し目がちの瞳をうるませていたアリアーナは、『淫魔』の指示に従う。純白のドレスごと全身が光に包まれ、見る間に体長が十倍近く膨れあがる。
魔力を帯びた輝きが晴れると、側近龍はくすんだ灰色の鱗におおわれたみずぼらしいレッサードラゴンの姿に変貌している。
『龍都』の路地裏でかいま見た、純白の龍翼や尾とは、似ても似つかぬ姿だ。
「お気に召したかしら?」
『出来に文句はありませんが……性別は、もとのままなのですね』
「そうなのか?」
アサイラには、ドラゴンの雌雄の区別はよくわからない。
「ぬふっ。あなた、演技するのが下手そうだから。万が一にもバレないように、あえて女のままにしておいたのだわ」
『……そういうものですか』
自らの腰に両手をあてる『淫魔』を、やや不満げな声をこぼしながら、アリアーナは縦長の瞳孔で見おろした。
→【先駆】
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